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戦う覚悟
「ティリカ!」
「あっ……ぐっ……!」
黒い首輪が赤い光を帯び、ティリカが苦しそうに呻く。
邪悪な魔力がティリカの首輪に反応し苦しめている。
魔法使いが帰ってきた!
想像していたよりずっと早い!
さっき夜空を横切った黒くて巨大な魔物は、魔法使いが変身した怪物に違いない。
戻って来たんだ。
いや、この魔城の騒ぎが伝わらないはずがない。
「ティリカ、しっかり……!」
「う……ぅ」
僕はティリカの腕を担いで、地下へ向かって必死に進む。
走ることも出来ず、歩くのが精いっぱい。
急がないと……!
なんとか渡り廊下を抜け、玄関ホールのある廊下まで戻ってきた。あと二十メルテも進めば、地下へと降りる階段だ。
「もう少しだから、がんばっ……」
背後からドオッ!と生ぬるい風が吹きつけてきた。巨大な何か、謁見の間に降り立ったような、圧倒的な気配と圧力を感じる。
「……ッ!」
ティリカが涙を流し膝をついて動けなくなってしまった。
「ティリカ!?」
魔法使いが魔城に入った。
僕にもわかる。
空気が凍るような、ヒリついた感覚が肌を刺す。
最悪なことは重なる。廊下の向こうから二体の『動く鎧』が僕らに気が付いたのか、ガシャガシャと向かってきた。
食堂に閉じ込めた最初の一体に反応して引き寄せた二体!
「しまった!」
動く鎧どもが迫ってくる、もう十五メルテ先だ。
あいつらをすり抜けないと、地下牢へは戻れない。
どうする、どうすればいい!?
「……い……って!」
ティリカが声を絞り出した。
涙目で、僕の背中を思い切り押し出す。
僕だけ先に行けっていうの!?
「君を置いていけるわけ……!」
でもティリカは唇をぎゅっと引き締めて、親指を立てた。
大丈夫、って。
僕は、
「う、うぁおおおお! こっちだっ!」
叫んだ。
魔法使いが来るかもしれない。
でもまずは『動く鎧』をなんとかしないと!
引き寄せるんだ。足下に落ちていた壁の破片を拾って、投げつける。
『!』『!』
動く鎧どもは声と石に反応し、速度を上げて突っ込んできた。
来い、こっちだ!
大切な『足かせの鍵』を包んだ布のボールをお腹のシャツの内側に抱きかかえて走る。
「っ!」
うづくまるティリカをまるで無視し、二体の『動く鎧』どもが追いかけてきた。
しめた!
「こっちだ! こっちに来い!」
全力ダッシュなら僕のほうが速い。地下牢とは逆方向になるけど玄関ホールのほうへ引き離す。二体の動く鎧はガシャガシャと背後から追いかけてくる。
「はぁ、はぁっ……!」
玄関ホールで行き止まり。急停止して振り返る。
「来い、このバカ鎧ッ!」
勝負だ。
『『ギッ!』』
動く鎧のAとB、剣を持ったAと斧を持ったB。二体は怒り狂ったように武器を振り上げて向かってきた。
呼吸を整え、覚悟を決める。
チャンスは一瞬!
二体の動きをよく見る。剣と斧を振り上げる二体に向かって僕は駆け出した。
「うぁおおおおっ!」
そこだ。
同じ動きの二体、だから並んでいる二体の隙間へ向かって全力で真正面から突っ込んで、身を低くしてスライディング。
わずかでも戸惑ったり遅れたら剣と斧の餌食だ。けど僕は『動く鎧』の間を滑るようにすり抜けた。
『ギ!?』『グッ!?』
まさか二体の間の足下をすり抜けるなんて考えもしなかったのだろう。遅れて振り下ろされた剣が空をきった。
ブォン、と振り抜かれた切っ先が僕の背中に届いた。
「あっ!」
剣の衝撃に思わず目をつぶる。
でも、刃は身体に届かなかった。シャツは切られた。でも胸から背中にぐるりと巻き付けていたアギューの「ウロコ」でつくった鎧が刃を防いでくれたのだ。
た、助かった……!
『グ!?』
動く鎧Bが僕を狙って横なぎに放ったフルスイングの斧が、動く鎧Aの頭に命中。兜を吹き飛ばした。
しめた、同士討ち!
ガシャァンと二体はぶつかりバランスを崩し倒れた。
「よしっ」
やった。背後にすり抜けた勢いのまま、ティリカの元へと駆け戻る。
「ティリカ!」
ティリカはほとんど意識を失いかけている。呼吸が浅い。しっかりして!
アギューのところへ戻るから。
力無く倒れ込んだ彼女をなんとか背負い、ヨタヨタと進む。
いつ魔法使いや別の動く鎧が来るかわからない緊張と恐怖。
地下へ向かう廊下が果てしなく長く感じた。それでもなんとか階段へたどり着いた。
「もうすこし……」
ティリカをおんぶして、一歩、一歩下りおりる。
「……う」
ティリカの体が冷たい、どうしよう。
ついに数多くの動く鎧の音が迫ってきた。
背後の大広間の方に通じる連絡通路の向こうからの激しい足音と
「――小娘ェエエ! 小僧ォオッッ! よくも鍵を……オオッ!」
怒り狂った魔法使いの甲高い声が。
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