ふたり、最後の力で

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ふたり、最後の力で

「はぁ、はぁっ!」  もうすこしだ。  僕はティリカを背負ってなんとか階段を下りきった。体力はとっくに限界を超えている。祭壇の横で口にしたブドウが無かったらとっくに倒れていたかもしれない。  あと十メルテちょっとで牢獄だ。 「アギューッ!」 『――ハル! マズいぞ、魔法使いめが城に戻ってきておる……!』 「わかってる……! いま……」  背後からゾクゾクする気配が迫っている。  もう魔法使いは階段の上、廊下のあたりまできているに違いない。  でも、鉄格子の入口まであと数メルテ、と思ったその時。僕の首の真横で声がした。 『見つけたぞぉ……?』 「いッ!?」  甲高くて耳障りな声に心臓が止まりそうになった。そしていきなり首を後ろから絞められた。 「がっ……!? あっ……」  ティリカ!?  僕の首を絞めているのはティリカだった。背負っていたはずが後ろからすごい力で首を閉めてくる。 『……キヒヒ! 捕まえたぞネズミィ、エサが逃げ出しちょこまかとッ……!』  操られているんだ。黒い首輪で、ティリカが!  地下牢まであと数メルで、僕は押し倒された。馬乗りになったティリがギュウギュウと首を押さえつける。 「ぐっ……くっ、やめ……!」 『キヒヒ……! 死ね、クソネズミッ』  倒れた視界の隅、階段付近に動く鎧の足が見えた。ついに追いつかれた。 『――ハル!? ティリカ、何をしておるのじゃっ! しっかりせぬかッ!』  アギュラディアスが吠えた。ガゴォオオ! という獣のような声。僕の頭の中に心配そうな声が響く。そして声はティリカの心にも届いたのだろう。  ほんの一瞬、力が弱まった。 「けほっ、ティリカ……負けるなっ!」  彼女の腕をつかんで、引き離す。 「ぅ、うぅ……!」  小さな女の子とは思えない凄い力。爪が首を引っ掻いた。けれどティリカ自身も抵抗している。目に涙を浮かべ、必死で歯を食い縛り、魔法使いの呪縛から逃れようとしている。 「う……りゃぁあっ!」  渾身の力で跳ね起きる。ティリカは後ろに倒れた。  動く鎧が何体も地下牢の通路にきた。隊列を組んで僕らのほうに近づいてくる。逃げ場がないことを知っているのか。 「ぐ、ううっ!」  ティリカは黒い首輪を掴んで苦しんでいる。引き剥がそうにも取れないけれど、それでも魔法使いに完全に支配されることを拒んでいる。 「行こう、アギューのところまで!」  どうすることもできず、僕は彼女を両腕で抱き上げ、そのまま運ぶ。  牢獄までたった五メルテ。  背後にはもう『動く鎧』が迫っている。重々しい隊列は袋のネズミな僕らを追いたてる役目なのか。 「うぉあああっ!」  背中に鎧の腕が伸びてきたとき、数歩の差で牢獄に飛び込んだ。ティリカを床に置き素早く鉄格子の入口を引き寄せ、閉める。 「はあっ! はあっ!?」  鉄格子の前は『動く鎧』で埋め尽くされた。首の無いやつ、腕の無いやつ、魔城内をウロついていたものだ。鉄格子を掴む鎧たちは中までは入ってこなかった。 『――よう戻ってきたのぅ! ハル、ティリカ』  アギュラディアスが身をおこした。ウロコが擦れる音がして巨大な竜が立ち上がる。 「ティリカ、しっかり……!」 「う……ん」  魔法使いの声ではなかった。 「アギュー! 鍵だよ『足かせの鍵』!」 『――がんばったのじゃな、二人とも』  アギューの優しい声が流れ込んできた。ほっとしたようなとしたような声が何より嬉しかった。 「いま、鍵を外すね!」  腹のシャツの内側から丸めた布を取り出してほどく。赤い呪いのオーラを帯びた鍵を手にした、その時だった。  外でガシャガシャと『動く鎧』が整列、黒い影のような人影が現れた。 「キヒヒ……無駄だとわからんとは、貧相なガキどもよ。我が城から脱げ出すこともできず……牢獄に逃げ込むだけのネズミ。愚かな、所詮は竜のエサ、脳みその足りないガキどもが……!」  あらゆる悪態をつきながら牢獄の前に立って中を覗き込んできた。  魔法使いヘブリニューム……!  痩せこけた男、髪はボサボサで狂人だ。窪んだ目は怒りで爛々と輝き、僕らを睨みつける。 「無駄なもんか! いま、アギュラディアスの鍵を外す」  手に持った鍵が熱い。指先の感覚が消える。痺れて、腐ってくるような幻覚さえ見える。 「ほぅ? クソムシ同然のガキめ、足かせを外してなんとする? 人食いの、狂った竜なんぞ解き放ったとて、頭から噛み砕かれるだけぞ、わからんのか?」  ベラベラと余裕でしゃべりながら、ガイコツみたいな顔を歪ませる。  でも、やっぱりだ。  こいつは何もわかっちゃいない。  アギュラディアスは賢くて、友達なんだってこと。 「小僧、その鍵は持つだけで命を削る。キヒヒ……辛かろう? さぁ、こちらによこせ。渡せば明日の儀式までは生かしておいてやろう……ん?」 『――いかん、ハル! 呪いに喰いつくされてしまうぞ……!』  ううん。  大丈夫。  鍵を握りしめる。 「友達を助けるんだ」 「……と、ともだち、だとぉ?」  魔法使いが僕の言葉にキョトンとし、やがて身をのけ反らせて最悪に蔑んだような笑い声をあげた。 「キヒャハハ!? 狂ったか! 頭にクソでも詰まっているのか? キャハハ……竜を、獣を友と……!? エサが……笑わせる……!」 「アギューは僕らの大切な友達だ! バカにするなッ!」  腹の底から叫んで床を蹴った。 『――ハルトゥナ!』  いま助けるからね、アギュー。  ほんの数歩先、アギューの脚に向かって飛び込む。 「かっ、鍵を差し込むな! ボケクソガキャァアア!」  魔法使いが激昂。杖を取り出し、鉄格子を叩いた。ゴボゴボと鉄格子が蛇のように蠢く。魔法だ、槍で突き刺す魔法がくる。  でも構わない。魔法使いに背を向けてアギューの足かせに飛びつき、被さるように足かせを抱え込んだ。そして鍵穴に鍵を差し入れる。  入った。  鍵穴に、鍵が。 「まわ……れっ!」  でも力が入らない。  ここまできて動かない。腕も肩もしびれて、目も霞んできた。苦しい、これじゃ……鍵を回せな……い。  意識が、遠く―― 「ハ……ハル……ぅッ!」  僕の名を呼ぶ声にハッとする。  声は、ティリカだった。  視界に彼女が飛び込んでくる。僕の両腕をつかんで、手を添えて。  思いきり力を込めて。 「ティリカ!」  声を出したら、君は―― 「まっ……われっ!」  彼女の首に青黒い呪いが侵食してゆく、激痛と苦痛に耐えている。ティリカも限界だ。  二人で全ての力を合わせて。  全部の力で、回す! 『――ハルトゥナ! ティリカ!』  アギューが絶叫、その衝撃が牢獄全体を振動させ魔法使いがわずかに怯んだ。  開け……開けえっ!   僕もティリカも叫んだ。  渾身の力で、ふたりの残った力すべてを込める。  ――カチリ  鍵が回り、足かせが外れた。 『――お……ォォオオオオ!?』  やった……!  僕らは抱き合い、アギュラディアスの足元にうずくまる。  もう動けなかった。 「くそが、死ねぇええっ!」  鋭い槍が放たれた。銀色の鋭い切っ先が迫るのがゆっくりに思えた。  僕らは全身を突き刺され、死――
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