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賢竜アギュラディアス
魔法使いが鉄の槍を放った。十数本の鋭い槍の雨が僕らめがけて飛んでくる。
攻撃は防げない。
逃げ場も無い。
時間が引き伸ばされ、無数の槍が凶悪な光を放って迫る、瞬きほどの時間。せめてティリカだけでも守らなきゃと反射的に覆い被さる。死を覚悟した、
刹那――
『退け』
凛(りん)とした声が響いた。
槍の雨が目の前で一斉に折れ曲がった。ザアッ!と音をたて見えない壁に阻まれた槍は上下左右に広がって、軌道を変えて床や壁に向かう。
「えっ!?」
まるで透明な『盾』だ。襲来する鉄の槍は直角に軌道を変えて折れ曲がり、僕やティリカに届はかない。床や壁に次々と刺さってゆく。
「なにぃいッ! バカな!? 私の上位魔法を……一体なにが、どうなって!?」
驚きと怒りで絶叫したのは魔法使いだ。
『……ふむ? 無事かの、ふたりとも』
「アギュー?」
「あ……あれ?」
アギュラディアスが僕らを見下ろしていた。優しい眼差しに強い光を宿した大きな瞳で。
「ドッ、ドラゴンが人語を……そんなバカな!? 獣の分際で、我が魔法を退けたとでもいうのかッ……!」
『うるさい男じゃのぅ。ワシは元より人語を話すぞい。貴様のような狂人と、話しなんぞしたくなかっただけじゃ』
小馬鹿にしたようにアギューが鼻息をふきかけた。
「んなっ、なななななぁにぃい!?」
魔法使いアーリ・クトゥ・ヘブリニュームが目をひんむいて頭をかきむしった。
鉄格子は全て槍に変わり、床や壁に突き刺さっている。アギュラディアスは身をかがめて、鉄格子の消えた牢獄の入り口へ視線を向ける。
『何をそんなに驚いておる? 貴様の魔法モドキなぞ、元来ワシら竜族の血から得たものに過ぎぬ、まがいものよ』
「まっ、紛い物だとぁおお!? この私を、神にも等しき魔法使いを愚弄するか、この卑しい獣風情がッ! 私は王国最高の魔法使いッ、ヘブリニュームゥウウッ!」
起き上がり激昂する。何か魔法を詠唱しはじめた。
『勇敢なる友、ハルトゥナとティリカが命がけて太古の遺物……呪いの足かせ外してくれたぞな。おかげで本来の力を取り戻すことができたわい……!』
「恩知らずのクソガキャァ!」
魔法使いが僕らを睨み忌々しげに歯軋り。何の恩!? 何いってんだアイツは。
ヘブリニュームは怒り狂って腕をつきだし紫色の稲妻を放った。けれど稲妻は届かない。魔法の壁ではじかれて床で火花を散らしただけだった。
『無駄じゃ魔法使いモドキよ。そうじゃ、ヌシには……言いたいことがあるんじゃ!』
アギュラディアスがうなり声をあげ、巨体を動かした。ゆっくりと立ち上がる。全身のウロコがカシャカシャと音を奏でた。
僕らが呆気に取られる目の前で、アギュラディアスのウロコが変化してゆく。鉛色から銀色に、そして白銀の輝きを帯びる。
「ウロコがピカピカに……!」
「きれい……!」
『ふむぅ? 本来はもう少し綺麗なんじゃがのぅ』
って!? 僕はハッとする。
「ティリカ! 声が!」
「首輪が……外れた!?」
ティリカがしゃべっていた。
苦しめていた黒い首輪がボロボロと砕け床に落ちた。ふたりで思わす顔を見合わせる。驚いたことに、彼女の首を紫色に浸食していた呪いがみるみるうちに消えた。
『ワシの周囲は真(まこと)なる魔法の領域「竜域」じゃ。あらゆる低俗な呪いも魔法も効かぬ、本来の力には遠く及ばぬが、ヌシらの傷を癒すぐらいは……容易いことよ』
顔や腕にあった擦り傷も癒えてゆく。
「まるで魔法……ううん」
「これが本物の魔法……」
僕らは奇蹟を見ている気分だった。
『ヌフフ、そういうことじゃ』
ウロコが振動し、ビシッと整列。磨かれた鏡のように輝きを帯びている。
アギューは両足を地面にふんばって立ち上がった。長大な尾がふぉんっと周囲をなぎはらう。
「大きい!」
「すごい!」
僕らも興奮して立ち上がる。
身体が軽い……!
すると僕らはアギューの尻尾でぐるりと巻かれ、そのまま背中まで持ち上げられた。
「わわっ!? アギュー!」
「竜の背中に……乗っるなんて」
『――解き放ってくれた礼を言うぞな、ハルトゥナ、ティリカ。勇敢なる我が友よ』
雄々しく、勇ましい伝説の竜。その背中に僕らは乗っていた。
アギュラディアスが地下牢の中で立ち上がった。僕とティリカは神々しい姿に圧倒される。アギュラディアスは大きかった。
届きそうもなかった天井に、頭が届きそうだ。
アギュラディアスを縛るものは何もない。足かせも砕け、邪魔をする魔法使いも腰を抜かしたようにへたりこんでいる。
「させるか、いけ! 脚を捕まえろ!」
地面で魔法使いヘブリニュームが叫んだ。動く鎧たちが武器をもち、一斉に牢獄に突入してきた。
『うっとおしいぞい』
アギューは意にも介さず、尻尾で『動く鎧』を粉砕した。それだけじゃない。周囲をつつむ光の壁「竜域」に触れた『動く鎧』たちは途端にバラバラになって崩れた。
「アギューのまわりに、光の壁がある」
『あまり持たぬが、ここを脱出する間ぐらい持たすぞい……!』
光の防壁、きっと魔法なんだ。
ゴファ! と両側の羽をばたかせると、地下牢獄に突風が吹いた。
「ひ、ひひゃぁッ! 人語を操りし竜なんて……まるで伝説の……」
魔法使いは信じられないという表情で叫び、ボロ布みたいに吹き飛ばされた。牢獄前の廊下をゴロゴロと転がってゆく。
『我が名はアギュラディアス、真祖竜アーキドラゴン直系の一族にして、人間に魔法を授けし開祖……。よくも、我が友を……苦しめてくれたのぅうッ!』
怒りの咆哮。それまるで爆風だった。
「ぐばぼべらっ!?」
魔法使いヘブリニュームは衝撃で弾け飛んだ。背後の壁に激しく激突し、カエルみたいな悲鳴をあげた。
ズルズルと倒れ、動かなくなった。
「「す、すごい!」」
僕とティリカはアギューの肩ごしに、魔法使いが倒された様子を見て喝采した。
これが本当のアギューの力!
なんて強くて、美しいんだろう!
全身のウロコは白銀の輝き、球形に温かくて優しい光のヴェールが覆っている。
何よりも凄くて、かっこいい!
『そんなに誉めるでない、照れるぞな』
「あっ、聞こえちゃうんだ」
『そうじゃ、我が友ハルトゥナ、ティリカよ』
「アギューさん、ありがとう」
ティリカも嬉しそうに微笑んで首を撫でた。
『さて、ここから飛ぶぞな! ハルトゥナ、ティリカ、ふたりともしっかりつかまっておるのじゃぞ』
優しい竜、アギュラディアスの声が僕らに届く。
「とぶ?」
ここから? 空へ!?
見上げると井戸の底のような牢獄の中。天井には木の柵があって塞がれている。
「ハル、しっかりつかむの!」
「えっ、うん?」
元気な声にハッとする。唖然呆然としていた僕の手を、ティリカがつかんで、アギューの背中にあるトゲに導いた。ティリカってこんな感じで話すんだ……。
「ぎゅって!」
「は、はい」
僕はティリカを後ろかから抱え、アギューにしがみつく。
『ガハハ、では……いくぞな! このクソ忌々しい魔城からの脱出じゃい!』
アギューの声は弾んでいた。
竜の羽ばたきと同時に、フワリ……と空へ浮かぶ感覚がした。
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