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脱出
『しっかりと掴まってるのじゃぞ、二人とも』
「うんっ!」
「はいっ!」
僕とティリカはアギュラディアスの大きな首と肩の上に跨った。跨った。後ろからティリカを抱えて、両足をしっかり絞めてアギューの背中に無数に生えている角を握る。以前ロバに乗った時と同じ感じに。
『では……飛ぶぞな!』
アギュラディアスが言い終えるや、瞳が黄金色に輝いた。羽を大きく広げると破れていた被膜までが光と共に再生、絹のような光沢をもつ薄い皮膜へと生え変わった。
『頭を下げておれ、ふむっ……!』
背中の翼を一度羽ばたかせると、フッと浮き上がった。
「ままてぇぁああ! 逃げるな……! 私の魔法……魔法が逃げるなぁああァアアアッ!」
ボロボロの魔法使いが絶叫したけれど視界から消えた。
アギュラディアスの羽ばたきで、井戸のような地下牢を真上に上昇している。
「わ、ああっ!」
「きゃ……!」
必死で角につかまり身体を支え合う。
真上にフタのような天井、木枠が迫っていた。
「ぶつかる!」
『――砕けよ! 行く手を阻むべからず』
アギュー呪文を放つと天井を覆っていた木のフタに「ビシッ」と一斉に亀裂が入った。そしてアギュー全体を包む透明な球形のシールド、見えない盾に押し上げられると、音を立てて砕けた。
「突き破った!」
まるで見えないガラス玉に押し上げられるように、外側に押し出された天井の破片が舞い散る。
「逃げるなぁああッ!」
魔法使いの身勝手で甲高い叫びは、アギューが翼を動かし高度を更に上げると聞こえなくなった。
『魔城の外に出たぞい!』
「外だ!」
「飛んでる……!」
城の外壁を飛び超えて上昇。
青く光る東の空が見えた。
夜明けが近い。
「わ、ああっ!」
ティリカが感嘆する。僕らは空を飛んでいた。冷たい空気が感じられる。けどアギューの魔法で護られて寒いとは感じない。抱き止めたティリカの体が温かい。
『ワシの守りの結界におる限り、雨も風も大丈夫じゃが、背中から落ちぬ保証にはならぬぞい、決して手を離すでないぞ』
「わ、わかったけど」
「た、高いぃいい!」
アギューの言葉に頷きつつも僕とティリカは悲鳴をあげた。
高い、怖い、でも……すごい!
アギューが力強く羽を羽ばたかせた。
翼が風を斬る音と、ゴゥウという空気の音が耳に届く。それと同時に、心地よく冷たい風が僕らの頬を撫でた。地下牢とは違う新鮮な空気を全身で感じている。
「脱出したんだ……ティリカ!」
「ハル、私たち外に出られたのね!」
あぁティリカの声だ、僕らは自由になったんだ。
『そうじゃ、自由な空こそ我が故郷……!』
僕らを乗せたアギューは、魔城の屋根の高さを超えた。そしてさらなる上空へ、まだ暗い星の残る空へと舞い上がる。
いつの間にか夜は白んで、東の空から明るくなりはじめていた。視界が一気にひらけ、広大な世界が一望できる。
「すごいよアギュー!」
「すごい!」
僕とティリカは叫んでいた。
ついに魔法使いの魔城を抜け出した!
でも、その時。
『逃がさぬぞぁあッ! 私の魔法だ……竜めがァアッ! クソガキどもめがぁああッ!』
魔法使いの狂気じみた叫び。
「ひえっ!?」
「きゃぁ!?」
『ぬぅ?』
はっとして下を見る。
苔むした魔城の屋根が崩落、アギューと僕らが囚われていた地下牢のあった場所た。その崩れた穴の奥底から、黒紫の不気味な稲妻が溢れ出してくる。
『超ぉ魔法ォオオッ、メタモルフォォオオオゼェエツ!』
黒い塊が飛び出してきた。渦巻く暗黒の渦はあっという間に黒くて巨大な蛾の怪物へと姿を変えた。
――魔法使い、ヘブリニューム!
「あの怪物、魔法使いよ!」
「追いかけてきたよアギュー!」
僕らは悲鳴を上げた。魔城から飛び立った巨大な毒蛾が、僕らとアギュラディアスに向かってくる。
『しつこい奴じゃ。しかし、ヤツには世話になった礼をくれてやらねば……ならぬのぅッ!』
アギューは牙をむくと、見たこともない鋭い眼光で毒蛾を睨みつけた。
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