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ヘブリニュームと魔城の最後
『待てコルァア! 逃さぬぞぁああッ……!』
魔城から飛翔した巨大な毒蛾が、僕らとアギュラディアスを追いかけてきた。魔法使いヘブリニュームだ。
「魔法使いだ!」
「追いかけてくるわ!」
『おおぅ、そうじゃな世話になった礼をせねば……ならぬのぅ!』
アギュラディアスは翼を動かすと、ゆっくりと方向を変えた。
ヒュゥウウ……と羽の先端から風切り音がして、白い煙のような雲が翼の先端から生じてゆく。
右旋回しながら滑空して、追いかけてくる巨大な蛾怪物と真正面にぶつかるようなコースをとる。
『キィッヒヒヒ! 捕えて血を吸ってやるぁああ!』
魔法使いの狂気の声が聞こえてきた。紫色の稲妻をビガビカ光らせながら急接近。アギューの守りの結界で稲妻は届かないけれど、恐ろしい銅鑼みたい音と衝撃に僕らは身を固くした。
「アギュー、何を!?」
「ぶつかっちゃう……!」
『ふたりとも、光を直視せぬようにな!』
シュゴォオオオオオ……! とアギューは肺いっぱいに息を吸いんだ。そしてバカッと、大顎をあけた。進行方向の空中に光り輝く「魔法円」が幾重にも重なって映し出された。さらにアギュラディアスの口の前に、まばゆい太陽のような光球が出現する。
「光の!」
「魔法!?」
僕らは眩しさに目を細めた。
『ブレス魔法――超竜収束滅魔砲じゃ!』
アギューの凄まじい咆哮。
光が炸裂した。
アギューが口から放った光が、空中で重なった魔法円で収束され光の筋と化す。
それは竜の吐息、ブレスなんて生易しいものじゃなかった。まばゆい光の柱。まるで太陽を引き伸ばしたみたいな一筋の光が、蛾の怪物めがけて放たれた。
闇の底に隠れていた魔城も、周囲の廃墟も、真昼のように照らし出され、白と黒の二色に塗り分けられる。
『竜の魔法など……! 弾き返し……!』
蛾の化け物は自分の眼前に、赤黒い魔法円を展開。魔法のシールド、蜘蛛の巣のような赤黒い傘だ。魔法使いが防御結界を張ったんだ。
けれどアギューの放った光はそんなものお構いなしだった。
光がガの化け物に接した瞬間、激流に飲まれる蜘蛛の巣みたいにあっけなくズタズタに引き裂かれ、真っ白な光に押し流された。
『てっ、やっ……やぁあ――――アァッ……!?』
巨大な蛾蛾は光の奔流に飲み込まれた。耐え切れず一瞬で引き裂かれ、黒いチリとなって光で焼かれ消滅してゆく。
『――っぷはあぁ! どうじゃい……! 本物の竜の魔法の味は……って、もう聞こえておらぬか、ガハハ……』
アギューが大笑いしながら空中をターンする。
光の柱はそのまま魔城を真上から直撃。
わずかな間を挟んで、魔城の窓すべての内側からまばゆい光がバッ……と四方八方にはじけた。そして魔城は内側から大爆発を起こした。
「うわぁあっ!?」
「きゃぁああっ!」
『っと離れたほうが良さそうじゃ』
光は赤い炎の塊に変わり、全てを破壊し燃やし尽くす。
アギューが空をすべり、魔城からぐんぐん遠ざかる。
「あっ……」
「魔城が……」
振り返るとドロドロとキノコのような雲が昇ってゆく。魔城は爆発四散し、周囲に瓦礫と破片をまき散らした。崖下に崩れる基礎や柱、もうもうと立ち昇る黒煙が、断末魔の叫びのように空に吸い込まれてゆく。
魔法使いヘブリニュームは完全に消滅、魔城も完全に崩れ去った。
「やった……! すごいよアギュー!」
「すごい! ドラゴンすごい!」
僕とティリカはアギューの角を掴んで、興奮して叫んでいた。
『すっきりしたわい!』
ゴファ……!
アギュラディアスは笑って、力強く羽を動かした。
静寂が訪れた。
空の冷たく新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで。
どこまでも広い世界と、無限の空を僕らは飛んでいる。
夢……じゃない。
死んで天国に向かう途中でもない。
僕もティリカもアギューも生きて魔城を脱出した。
いつしか空は濃い群青色から白へ。
太陽が顔を出し、黄金色へと変わってゆく。
「夜明けだ!」
「きれい……!」
世界はゆっくりと暗闇の支配から解き放たれ、輝きを取り戻しつつあった。
『光の導きじゃ……東に向かうとするかのぅ』
暁に染まる空、僕らが向かうは東。
そこは確かアギューの故郷のある方向だ。
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