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空の旅 ~アギューの背に乗って~
魔城を脱出した僕らは、朝日に向かって飛び続けた。
僕とティリカは空飛ぶドラゴン、アギュラディアスの背に乗っている。
『この地から離れるぞい……! どうにも忌まわしき魔法使いの臭いがするのでな』
邪悪な魔法使いは完全に滅んだ。でも仲間や似たような悪いヤツもいるのかもしれない。アギューはぐんぐんと速度をあげる。
「わ、速い!」
「ハル! 見て」
朝日を浴びてアギューの白銀の鱗が輝きを増す。
「わぁ……!」
「きれい!」
闇に閉ざされていた世界が、色彩を取り戻してゆく。東から上った太陽が広大な大地を照らし、蛇行して流れる川の水面にを煌めかせる。
暗く深い森の上を飛び越えると、広大な草原地帯へと出た。
『……ふむ、何百年経っても土地の姿はそうは変わらぬな。遥か北の彼方に横たわるのがメリレイシア山脈、南にうっすら霞んでみえてきたのがヒーペルポリアの砂漠、手前の緑の土地は、淡きメプノシスの草原じゃ』
「物知りアギューだね!」
『何百年も生きておるからのぅ』
「すごいわ……どこまでも続いている!」
本当にすごい。
僕は孤児院や路上の物売りで、いつも路地裏から狭い空を見上げていた。
いつか、もっと広い空が見たいって。ずっと思っていた。
目の前に広がる空は広すぎて、なんだか涙がでてきた。
「世界がこんなに広いなんて!」
ティリカが両腕を広げて風を受けた。
「ティリカ、手を離したらあぶない」
「ハルが支えてくれているから、平気」
ティリカの髪が踊る。
「もう」
風が冷たくて心地いい。ティリカの横顔と眩しい光に思わず目を細める。
孤児院の中庭から見上げていた空は、四角くて悲しいほど遠かった。結局のところ魔城の地下牢と似たようなものだった。
でも、今となってもどうでもいい。
本で読んで憧れていた世界が目の前に広がっているんだから。
森や川、大きな山脈、遺跡や町、見たこともない場所ばかり。
「アギュー、これから何処へ行くの?」
『ワシの生まれ故郷じゃ……はるか東の果てにある大きな島じゃ。エフタリア大陸の最果てにある海を越えねばらぬがのぅ』
「海……って大きな塩の湖!?」
『そうじゃ、よく知っておるのぅ。……ハルトゥナも共に行くことで良いかの?』
「僕も行っていいの!?」
『無論じゃとも』
「ありがとアギュー!」
大好きだよ。
ぎゅっと首に抱きつく。
白い朝霧がうっすらと地平線にかかっている。様々な色に満ちた世界の果てを目指すなんて……!
『ティリカも共に行くことで良いかの?』
「私も一緒にいきたいですっ!」
はいっと手を上げるティリカ。
「お母さんやお父さんが心配して……」
「いないわ。戦で死んで、南のブドウ畑で働かされていて……そこから魔法使いの人買いに……」
「僕と同じだ」
「ハルも?」
「うん、戻る場所なんて無いし」
「じゃ、これからも一緒なのね!」
「だね」
ティリカがぎゅっと僕の腕を抱えてきた。
ちょっと、照れるけど嬉しい。
『……ふむ、決まりじゃな。長い旅になるぞい。人の身では困難な旅じゃ』
「うん! それでもアギューと一緒に行く!」
「アギュさんの故郷を見たい!」
魔城での絶望の底から脱出できた僕らはこれからも一緒。それが嬉しくて心強くて、とても暖かかった。
果てしなく美しい世界が、目の前に広がっている。晴れ晴れとした気持ちと、ティリカの元気な様子は嬉しくて、生きているんだって実感が湧いてくる。
「見てハル! あそこに白い鳥の群れがいる! 私達、鳥の上を飛んでいるのね、信じられない! それに、あれは村かしら?」
「うん、そうだね」
驚いたことはティリカが「おしゃべり好きな女の子」だったってこと。
珍しいものを見つけては指さして、あれは何? 瞳を輝かせて楽しそうに。
僕とティリカが見ている世界はきっと同じなんだ。アギュラディアスの背中で、僕は身を乗り出そうとするティリカが落ちないよう背中からしっかりと抱きとめた。
「――ねぇ、ハル!」
青い瞳を輝かせて振り返る。そんなティリカの笑顔を見て、宝物を見つけたみたいな気持ちなった。
『ところで……、空の旅を楽しんでいるところすまぬが、ちょいと悪い知らせじゃ』
しばらくするとアギューが真剣な声でぼくらに話しかけた。
「ど、どうしたのアギュー?」
首を僅かに曲げて、背中を窺う。
何か良くない事?
なんだろう、急に不安になる。
『実はのぅ……腹が空いたのじゃ。魔力も底をつきそうじゃ……。つい全力で魔法使いめに怒りのブレスを叩き込んだからのぅ』
グギュゥウウ……とお腹が鳴いた。
忘れていたけど、僕もお腹がペコペコ。ティリカだって同じはず。喉も乾いているしお水が飲みたい……。
「アギュー大丈夫?」
「ど、どうなるの?」
『ぬしらも疲れたようじゃな。しばし地上で休むとするかのぅ。ここまで来れば安心じゃが、なるべく人気の無い場所……おぉ、ちょうど下に綺麗な川がみえるぞい』
アギューはそう言うと、ゆっくりと高度を下げはじめた。
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