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エピローグ ~僕らの旅のはじまり~
アギュラディアスは滑空しながら、山の麓、森を流れ出る小川のほとりへと着地した。
背後には山全体を覆う森、澄んだ水はそこから流れ出しているらしい。目の前は丘陵と草原、転々とちいさな森が点在し、ずっと向こうに整地された畑と、村らしき屋根のシルエットが見えた。
人が暮らしているんだ。
「地面だ……あれ?」
「なんかフラフラするわ」
僕とティリカが地上に足をつけた。けれどフラリとして二人で互いに支えあう。
「なにこれ?」
「変な感じ」
『空の旅で酔ったのじゃろうて。じきに治るであろうが……。ふぅ、ワシも疲れたぞい……』
アギューがのしのしと歩き、川の水に顔を突っ込んでガブガブ飲みはじめた。
いつのまにか僕らは裸足だったけど、草が柔らかくて心地いい。
「僕らも!」
「うん!」
水が美味しい!
綺麗で透明で、全身に染み渡る。
『ふぅ、危うかったぞぃ。魔力が完全に尽きれば流石に飛ぶことさえままならぬ。ここでしばらく休息すれば飛べるようになるのじゃが。空腹では何とものぅ』
見上げるほどに巨大なドラゴンが疲れた様子で座り込む。長大な尾を丸め、背中の羽をゆっくりと閉じてゆく。
僕らはアギューが休憩する間、互いが見えるくらいに離れて、灌木に隠れてそれぞれ全身を洗った。
ちゃんと水浴びしたのはいつぶりだろう。勢いで服まで洗ってしまったけど、裸でアギューとティリカの前には出られない。
どうしよう……。
「わー! すぐに乾きそう!」
『吹き飛ばされぬようにのぅ』
ティリカの声に灌木から顔を出して見ると、アギューが羽で風を送り、ティリカの服と髪を乾かしてあげていた。
「僕も……おねがい!」
それから森で木の実と果実をみつけ、休憩することにした。
「うーん、酸っぱいけど食べられる」
「これも固いけど、食べられるわ」
ぽりぽりと僕らは木の実と果実を頬張った。
『……ひと安心じゃ。ハルとティリカはなんとかなりそうじゃの』
「大丈夫、アギュー?」
「アギュさんもお腹も空いてるよね……どうしよう?」
『何か食えるものあればのぅ』
「うーん」
僕らを食べる? なんて言えないし。
『……ヌシらなぞ食うわけなかろうが』
フンと鼻息を吐く。
「ち違うよ、アギューが何を食べるか考えていたんだよ」
「アギュさんの食べるものって何?」
髪を指で櫛削りながらティリカが聞く。
「動物? 木の実なんて食べないよね」
アギューのご飯、どうしたらいいのだろう。しばらく目を閉じていたアギューは、やがてカッと目をひらいた。
『ふむ……仕方ない。残りの魔力を使ってアレをやるとするかのぅ』
アギュラディアスは伸びをするように首を空へと向けた。手の届かないほど高い位置に顔。さらに大きく翼を広げてゆく。
全身に太陽の光を浴びながら、何かゴニョゴニョと呪文を唱えはじめた。
「何か唱えてるね」
「魔法かな……?」
僕らは少し離れて見守る。
『――久しく使っておらぬ術じゃが……魔力が無くなる前に……人化の魔術じゃ』
人化の……魔術?
アギュー全身が途端に輝き出す。太陽の光みたいな無数の糸が出現、あっというまに全身を繭のようにつつみこむ。
「わぁ!?」
「光の繭だわ!」
みるみるうちに小さくなると、光の繭は人間ぐらいのサイズへと変化。光が弱まると、人間の姿を成してゆく。
光が消える。
するとそこにはアギュラディアスではなく、一人の女の人が立っていた。
「え!? ア、アギュラディアス?」
「アギュ……さん?」
『いかにもじゃ!』
「え、えぇ!?」
「すごいっ!」
完全にそれは、どこからどうみても女の人だった。
凛々しい顔立ちの美人。
金色の瞳は大きくて、アギューだ。目の端がすこしつり上がっている。顔立ちは綺麗で品があって、でも強そうな凛々しさ。
僕は息を飲んだ。
白銀の髪は艶かなストレート。綺麗で腰までの長さがあり陽光をあびて輝いている。
「ふむ? こんなものかのぅ? どうじゃハル、ティリカちゃんと人間に見えるかの」
くるっと回って。にっと笑うアギュラディアス。
お尻から尻尾らしきものが生えているけれど「飾り」みたいで気にはならない。
「うそ……」
「きれいだよっ! 可愛い!」
『おぅおぅ成功じゃな』
身に付けているのはウロコの模様があしらわれた昔のデザインっぽいドレス。ウェストは細くて、胸元ははちきれんばかりに膨らんでいる。思わず深い谷間に目が釘付けになる。
「……っ」
「この姿なら人間の食べ物でよいからの。魔力の回復には少々時間がかかるが……ん? どうしたハル顔が赤いぞな」
アギューだったはずのお姉さんが手を伸ばして僕の額に触れた。
「わ、わわぁああああ!?」
頭が混乱していた。
竜が、ドラゴンが目の前にいる綺麗な……お姉さん!?
「なんじゃハル、ははぁ。さてはワシに見惚れおったな、しかたのないヤツじゃのぅ」
からかうように笑うアギュー。表情はやっぱり竜っぽい。
「アギュ姉ぇになったのね! 嬉しい」
ティリカがアギュラディアスにぎゅっと抱きついた。
「ティリカもこうして抱き締めてやれるぞい」
「うわぁ柔らかい! 髪もきれい! すごいー!」
「ははは、くすぐったいぞな、ティリカ」
おおはしゃぎのティリカ。
「って!? いやいや、まって! アギューって、女の人だったの!?」
そこだよ!
大問題だよ。びっくりだよ!
僕の声は震えていた。顔もきっと引きつっている。
「おぅ? 性別はあまりワシら竜族は気にせぬがのぅ……。あぁそういえば数百年前に卵を生んだこともあったでな。うむ……。強いていえば、メスじゃな」
「メ……メス」
つまり僕は、裸でアギュラディアスに食べられたり、舌で舐めまわされてたりしていたってわけ……?
「う……わぁああ……っ!」
恥ずかしいっ!
「ハルは何故に叫んでおる? ははぁ、噂に聞く思春期とやらかのぅ? 人間とはよくわからぬ生き物じゃのぅ……どれ」
アギュラディアスはふわっと僕を抱き寄せた。大きくて柔らかい胸がぎゅっと顔にあたる。い、いい匂い……。
「もが……もが!?」
『人はこれで安心し、心穏やかになるものじゃろう? ……あらためて礼を言うぞ、ハルトゥナよ』
「あ……うん」
「ハル、顔が赤い」
「痛っ!?」
ティリカに脇腹をつねられた。
「ふむ? 二人とも元気になったの。さて、むこうに村が見えたが、食べ物でもいただきに行くとするかのぅ!」
「いこっ!」
「ちょっ、まってよアギュー、ティリカも! お金、お金もってないよ」
「そういえば、お金無いね」
「金なぞなんとかなるじゃろ」
「ならないよっ!」
チィリカとアギュ姉ぇさんが考え無しすぎない!?
「久方ぶりの人間の食事も楽しみじゃの、二百年ぶりぐらいじゃ」
「へー! アギュ姉ぇさんっていくつ?」
「レディに年をきくでないぞぃ」
ティリカと意気投合してズンズン煤んでゆくアギュ姉さん。
「ちょっ」
これからどうする気!?
これ、僕が考えてなんとかしなきゃ。
アギューはあの調子だし、ティリカも意外と楽天的てか考えなし。
お金を稼かないと無一文。
食堂で無線飲食でつかまって牢獄行きになっちゃうつかシャレにならない。
あわわ……!
「もうっ、まってよ!」
僕は意気揚々と進んでゆくアギュ姉ぇさんとティリカの後を追う。
こうして――
僕たちの長い旅がはじまった。
大陸の東のはるか果て。
アギューの故郷を目指す、僕ら三人の旅が。
<おしまい>
★ハルたちの旅は始まったばかり。
きっといつか幸せをみつけることでしょう。
最後までお読みいただき、応援いただきありがとうございました!
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