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地下牢の竜と少年
僕は裸だった。エサだから当然か。
「服……服は……?」
前を両手で隠しながら周囲を見回す。
『――ふむ? 少年にも羞恥の感情があるとはのぅ。人間とは実に難儀な生き物じゃ。隠したいのなら床に落ちているワシの鱗を使うがよい。ヌシの粗末なものなど隠せるじゃろ』
「粗末とか言うな」
前を隠して竜の辺りを歩いてみると、足の裏でカシャカシャと音が鳴る。踏んづけているのは、スープ皿のような大きさの鉛色の金属の板みたいな物だった。硬くて鉄の板みたい。
どうやら「竜のウロコ」らしい。アギュラディアスの身体から剥げ落ちたものだからとても大きい。
「あった、服だ」
薄暗さに目が慣れてきた。円形の部屋で、壁の一部に出入口があり明るい岩壁の廊下がみえる。半円形の出入り口は鉄格子になっていて、十数本の鉄の棒が縦に何本もはめ込まれていた。
服は鉄格子の前に無造作に投げ捨ててあった。駆け寄ってみると、間違いなく僕のものだ。まずはズボンを履いてシャツを身に着けホッと一息。
「鉄格子……牢獄だ」
目の前の鉄の棒を見て愕然とする。
完全に牢獄の中だ。
太い鉄の棒を掴むと当然ビクともしない。
冷たい感触が伝わってくる。
二本の鉄の棒の隙間に顔を突っ込んで、顔を半分だけ出し、目だけで左右を確認する。
岩を削ってできた通路だつた。
左は行き止まり。右には石畳で保護された床と石を積み上げた壁に囲まれた半円形の廊下が見えた。
上に続く階段があるらしいけれど階段の上がどうなっているかはわからない。
どこかの建物の「地下牢」らしい。
それもかなり大きい。だって竜……アギュラディアスがすっぽり入る巨大な縦穴があるんだから。きっとおお金持ちのお屋敷とかお城みたいなところかもしれない……。
壁には松明ではなく、石が光るランプが埋め込まれていた。
お城など、魔法使いがいるところでしか使われていない魔法道具だ。魔法を込めた水晶石がぼんやりと夕焼けのような光を放っている。
おーい誰か居ませんか!
「……っ」
と、叫びたい衝動をがまんする。
最悪の状況。声を出してもどうせ悪い奴が出てくるに決まっている。
まず後ろで僕の様子を見ている竜に尋ねることにした。
「……ねぇ、アギュラディアス。ここって……地下牢だよね?」
僕はドラゴンのエサとして、ここに連れてこられた。
それも生き餌としてだ。竜を捕えてさらに人間の子供をエサとして与えるなんて、マトモな大人のすることじゃない。絵本に出てくるような邪悪な魔法使いでもないかぎり……。
何よりもアギュラディアスの足首には、金属の「足かせ」が嵌めてあった。
錆びていないところを見ると魔法の金属だろうか?
表面には不思議な文字や紋章が描かれていて、同じような材質の太い鎖で壁につながれている。
「君は……捕まっているの?」
恐る恐る、アギュラディアスに尋ねてみた。
『――そうじゃ。囚われておる。邪悪な魔法使いの手によっての』
「なぜ?」
『――ヤツはワシの身体に流れる竜の血を欲しておる……。ヌシもわかったであろう? 傷を癒し、種族を越えた会話さえ可能とする魔力……。ワシら一族の血は、人間の魔法使いにとって価値のあるものなのじゃ』
ゴファアアア……と鼻息も荒く、身をよじる。
「そんな」
地下牢に囚われた巨大な竜、アギュラディアスを観察する。
身長は8メルほどで馬の三倍もあるだろうか。全身は鉛色の鱗に覆われていて、背中や翼は緑青のような色合い。首を上に伸ばせば10メルは優に超えそうな巨大さだ。
人間を丸呑みに出来るほどの大アゴ。そして頭には二本の大きな山羊のような角、髪の毛のように後頭部から首筋にかけて細いトゲのような鬣(たてがみ)が見える。それが背中を経て長い尻尾の先まで生えている。
部屋の中も観察する。
直径は12メル(※1メルおよそ1メートル)ほどの円形。
壁は全て一抱え以上もある黒い石を積み上げて作られていて頑丈そう。天井までは20メルはあるだろうかとんでもなく高い。
天井の最上部に1メルほどの明り取りの穴が見えた。
上に行くに従って細くなる壺の底のような構造で、人間が壁を登るのは絶対に無理だろう。
幸い、壁の窪みに沿って水が細い糸のように流れ落ち、壁際に溜まっていた。アギュラディアスはこの水を飲んでいるのだろう。溢れた水は小さな排水溝へと流れ出してゆく仕組みらしい。
「どうすればいいのかな……」
『――まったくじゃ。しかし、冷静じゃの、ヌシは』
「慌てても仕方なさそうだからね」
『――ふむ、聡明な子じゃな』
ようやく状況がのみこめた。
冷静に、慎重に。
まずは深呼吸。
僕は生きている。アギュラディアスが我慢してくれたからだ。
でも、悪い魔法使いはどう考えるだろう?
エサとしても役立たずの僕は殺されてしまうかもしれない。
考えなきゃ。
生きてここを出る方法を……。
アギュラデイアスが前屈みになって首を近づけてきた。
『――何を考えておる……?』
ついさっきまで噛み砕こうとしていた巨大な口には、やっぱり恐ろしい牙がビッシリと並んでいる。
食べられなかったのは幸いだけど、文句の一つでも言ってやりたい。でもあまりの迫力に思わず足がすくみ、変な笑みが浮かぶ。
「地下牢に囚われた巨竜アギュラディアスと、エサの僕……。これからどうすればいいのかなって、考えてる」
『――フフフ、ますます気に入った。名は?』
「エサに名前を聞くの?」
『――捻くれ者め、どういう育ち方をすればそうなるのじゃ?』
ゴフゥ……と巨大な竜、アグラディアスが生臭い鼻息をふきかけられた。呆れた苦笑、という感じだろうか。
「僕は……ハルトゥナ」
『――未踏なる遥かなる地……ハルトゥナとは皮肉な名じゃのぅ』
アギュラディアスが竜が首を後ろにゆっくりと下げ、瞳を細めた。
無数のウロコが擦れる音がする。刃も魔法も通さないという、無敵の竜。
おとぎ話のドラゴンを今、間近に見ていることをようやく実感する。
「名前の意味なんて初めて知ったよ」
『――ハルトゥナ、折角名を聞いたところじゃが、魔法使いが来たようじゃ』
「えっ!?」
『――悪いようにはせぬ、互いのためじゃ、ワシの言う通りにしてくれぬか』
「どど、どうすれば!?」
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