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邪悪なる魔法使い
「僕を食べて」
咄嗟の思い付きの作戦。
けれどアギュラディアスはキョトンと瞳を瞬かせた。
『――なんと申した……? 魔法使いに殺されるより、ワシのエサとなるということか?』
「違うよ! 食べられるのも殺されるのもゴメンだよ。いまだけ『食べるフリ』をしてほしいんだ。できるだけ軽く、甘噛で、お願いだから飲み込むのはがまんして!」
『――ふむ? やってみるが……飲み込んでしまったら許すのじゃぞ、ハルトゥナ』
「いいから! あ、来た!」
僕は慌てて服を脱いだ。裸で放り込まれたのに服を着ていたら、変だと思われる。
前を隠して情けない姿になって、ジェスチャーする。
「ほら、上から食べて!」
『――どうなっても知らぬ……ンム』
頭の上から巨大な口が覆いかぶさり、バクリ。視界が真っ暗になる。ヌルヌルの舌で奥に滑り落ちそうになるのに耐えて、ギザギザの歯を掴んでなんとか耐える。
「うわわっ……!」
生温かい口の中に包まれて、手足に牙が突き刺さり、激痛が走る。なんとかドラゴンの唇の横から顔を出す。
「っぷは……!」
そして我慢せず、悲鳴をあげる。むしろ魔法使いに聞こえるように叫ぶんだ。できるだけ情けなく、哀れに。
「ぎゃぁ! 助けて! うわぁああ!」
『――ハルトゥナ……?』
「え、演技だよ……」
視界の隅に人影が現れた。
紫の法衣を纏った男だ。長く伸ばした蛇みたいにうねった赤い髪、顔色は真っ白で死人のよう。細いカマキリみたいな顔。そして鋭い眼光をやどしたギョロ目で地下牢のなかを覗き込んでいる。
――あれが魔法使い!
地下牢の中を窺うと、途端にニタァと口元に笑みを浮かべ顔を歪めた。
「ほほぅ!? これはこれは、ついに我慢できず人間を喰らいおったか獣め……! 所詮は下等な竜よ、グフフ」
グルルル……!
アギュラディアスが威嚇するように喉の奥を鳴らす。
「お前のエサなど取りはせぬ。存分に子供の肉を味わうが良い……。ギヒヒ、気に入ったらまた連れてきてやろう。血をすすり人間の肉を味わい、そして、お前の血を……増やすのだ、家畜として生かしつづけてやろう……ギヒヒ」
魔法使いが愉快そうに嗤う。僕はもがき声を絞り出す。
「た……助けて! おねがい……です」
魔法使いに懇願する。
もちろん演技だけど。
「ほぅ? まだ生きておるか? 小僧、お前は生き餌として買われた哀れたのだ。伝説の竜に喰われることを光栄に思うことだ」
「お願いです……助けてください、あなたは……偉大な魔法使い様なのでしょう!? どうか、哀れな孤児に御慈悲を……!」
血まみれの手を伸ばし弱々しく訴える。
見世物を見て愉しんでいる風だった魔法使いは、ほんの僅かに眉を動かした。
瞳に赤い光が宿っている。不気味な魔法の光にゾクリとする。
「……ふむ? 」
魔法使いは紫の法衣を静かに揺らすと細い腕を伸ばした。
枯れた枝のような手には、ジャラジャラと禍々しい腕輪、指輪が無数につけている。
指輪の一つを鉄格子にぶつけると、ボウッと光を放った。
瞬時に鉄の棒からイバラのようにトゲが生じ、細い槍のように伸びた。そして竜の足に突き刺さった。
『グァアッ!?』
アギュラディアスが叫び口を緩めた。
「アギュラディアス……!」
『――これが魔法じゃ……ハルトゥナ』
僕は唾液とともに口から滑り落ちた。固い石畳の地面で体を打ち付ける。
「痛ッ……!」
グギュルルル……! と忌々しげに身を捩り魔法使いを睨み付けるアギュラディアス。
鉄のトゲは音もなく縮み、元の鉄格子に戻った。
「ギヒヒ、あまりがっつくな竜よ。食事は時間を掛けて愉しむものだ。味わい、生きたまま肉だけを噛り、血の味を思い出せ……」
『――おのれ、魔法使い風情が……!』
アギュラディアスの怒りが伝わってくる。でも脚を鎖で繋がれているので牢の鉄格子まで尻尾も牙も届かないのだ。
「小僧、おまえは運がいい……。ひとつチャンスをやろう」
「チャンス……?」
「いまから三日、人食い竜の檻で食われずに生き延びることができたなら、余がじきじきに魔法で惨たらしい死をくれてやる。竜のエサとして死ぬか、余の素晴らしき魔法で死ぬか選ぶチャンスを与えてやろう、ギヒヒ……!」
「な……」
期待した僕がバカだった。
でも、魔法使いは三日といった。
少なくとも三日、ここで生き延びるチャンスを得たってことだ。
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