アーリ・クトゥ・ヘブリニューム

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アーリ・クトゥ・ヘブリニューム

 魔法使い。  それは数えるほどしかいなくて、王様お抱えで王宮で暮らしているという。僕みたいな庶民が目にすることは少ない。  目に宿る禍々しい光。竜、アギュラディアスのそれとも違うもっと禍々しくて邪悪なものを感じる。圧倒的で底知れない迫力の前に僕は床にへたりこむしかなかった。 「あ……」  三日。  目の前の邪悪な魔法使いは、三日間の猶予をくれるという。 「戦乱の世とはいえども、何度も人買いや拐かすわけにもゆかぬ……。小僧、おまえはここで稀有な竜の玩具となり、(なぶ)られ血を(すす)られるがよい。むしろ魔法で殺してくれと懇願するやもしれぬがな……ギヒヒ!」  魔法使いの性格は歪んでいて、意地悪を集めたみたいなヤツだと思った。  でも怖いついでにもうひとつ。  僕はカラカラの喉に唾を飲み込んで、声を絞り出す。 「い、偉大なる魔法使いさま……! せめてあなた様のお名前をお聞かせください……!」  なるべく情けない声で懇願する。   「……ほぅ? 慈悲深き聖人たる余の名を知りたいと申すか」 「……」  小さく頷く。  自分で聖人とかよく言うよ。顔に出ないけれど心の中で呆れ果てる。  魔法使いの名前はとても大事なもので、魔法のカギになると本に書いてあった。もしかすると何かの役に立つかもしれない。  魔法使いは少し機嫌が良くなったのか、尊大に胸を張った。 「グヒヒ……よかろう。哀れなエサの小僧よ。我が恩名は、アーリ・クトゥ・ヘブリニューム……! かつてガンダヴァール帝国に名をとどろかせた偉大なる魔法使いの名、しかと覚えておくがよい。まぁ知ったとてここを生きては出られぬが……ヒヒ」    アーリ・クトゥ・ヘブリニューム。  それがこの目の前にいる邪悪な魔法使いの名前。  それにガンダヴァール帝国って、たしか十数年前に内乱で崩壊して、国々が争っている戦乱の元凶になったって……。  言い終えると魔法使いは身を翻し、高笑いをのこして廊下の向こうに去っていった。 『――行ったようじゃな……』 「……ひとまず助かった」  いや、全然助かってない。  でもひとまず危機は脱したみたいだ。  魔法使いが居なくなると、僕とアギュラディアスは同時にため息をついた。  思わず巨大な竜を顔を見合わせて、僕は床の上に寝転んだ。 「はぁ……疲れた」 『――ワシもじゃ』  アギュラディアスも巨大な体を床に下ろした。カシャカシャと固いウロコが擦れる音が響く。  3日後、僕は殺されてしまう。  アギュラディアスのエサにならない役立たずとして、魔法使いの手によって処分されてしまう。  魔法使い、ヘブリニュームは心の中で賭けているのだろう。竜に食われるのが早いか、命乞いをしてくるのが先か。  「あの魔法使い、性格曲がってるよね」 『――まったくじゃ、痛てて……魔法でズブズブ突き刺しおってからに』 「だ、大丈夫?」  僕は立ち上がり、アギュラディアスの傷口を見た。魔法使いが鉄格子を変形させて鉄の槍にしてアギュラディアスを突き刺した。  人間と同じ赤い血液が流れ出している。手で押さえてあげても、血は止まらない。 「どうしよう……!」 『――じきに再生するはずじゃ……それよりぬし……ハルトゥナ難儀なことになったのぅ』  アギュラディアスは僕の名を口にしてくれた。 「うん。でも時間ができた。何か方法を考えるよ。二人でここを出よう」 『――二人……か』 「あ、一人と一頭? 竜ってどう数えるのアギュラディアス」 『――わしら、でよかろうハル』 「じゃぁ僕ら、でいいねアギュー」  笑い顔にはならないけど、アギュラディアスは目を細めた。  猶予は3日。  命が僅かに伸びたにすぎない。  それまでにアギュラディアスとここを逃げ出すことが出来るのだろうか?  
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