通い合う心

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有休が明け、今日は一週間ぶりに出勤する。少し緊張しているみたいで、目覚ましよりも早く目が覚めた。 目立たずにいたお陰で、何か変わっていても問題はないけれど、それでも急に何もかも変えてしまうのは、私の方が勇気がいる。だから服装は変えず、何回も練習したヘアスタイルで出勤することにした。 動画を見ながら何回も練習をしたヘアアレンジ。ヘアアイロンを買って練習を重ねた努力が実り、自分でも納得の仕上がり。 「綺麗に出来た」 不器用な私が出来るか心配だったけれど、なんとか美容室でやってくれたように仕上がった。 「部長は気づいてくれるかしら」 自分勝手でいい。綾香が教えてくれたことだ。これから先、部長との関係がどうなるかなんて関係ない。私が部長を好きでいる間は、自分勝手でいよう。 いつもの通勤電車に乗って、正面を向く。 (あ、富士山) 遠くだけれど、山の頂上部分が見えた。ここから富士山が見えるなんて知らなかった。 なんだかんだ言っても富士山っていい。寒くなったと言っても、薄手のコートで間に合う気温で冬らしくないけれど、ここから見える富士山の頂上は白いので、雪が積もっているのだろう。こんなに綺麗な車窓からの景色を見てこなかったなんて、本当に勿体ないことをした。 いつものように朝一番で出勤すると、給湯室でコーヒーの準備をする。食器棚にある自分のマグカップを取り出すと、部長のカップも目に入った。私はカップを見ただけでドキドキしてしまって、これから本人にあったらどうなってしまうか心配だ。 (カップを見ただけなのに) 黑いカップにお寿司屋さんの店名が金色で焼き付けてあるカップ。 他の人達はキャラクターが描かれたものや、カフェの名前が入っているおしゃれなカップだけれど、部長はお寿司屋さんの店名。これを見た時、飾らない人なんだと思った。 デスクにカップを持っていき、パソコンを開く。一週間の休みではメールもたまっているはずだ。 「やっぱり」 調査、回答と多方面から送信されていた。 朝の寛ぐ時間は後回しにして、仕事にとりかかるけれど、一週間の休みはリフレッシュできたせいか、仕事もはかどる。 部内のスケージュールをチェックして、会議室の確保、資料等、川崎さんに頼んでおいたことを確認する。それぞれのスケジュールはメールと共にチェックできるようになっていたが、部長の所が「出張」と入力してあった。 「え……」 カレンダーをスクロールしても終わりがない。 「うそ」 信じられなくて何度も、何度も部長のスケジュールを確認したけれど、ずっと出張になっていた。 「なんで……どうして……何があったの?」 会いたくて、会いたくてたまらない人は、私の前からいなくなっていた。
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