通い合う心

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枕を濡らすと言うけれど、部長が恋しくて気が付けば泣いていた。 ベッドに入ると寂しさが募って、どうしようもなく涙が流れた。 思いは募るばかりで、一向に帰国してこない部長は何をしているのだろうと考えたり、もういいやと投げやりな気持ちになったりしながら、気が付けば部長が出張に行ってから、一か月が経ってしまっていた。 その間の私は、綾香の言う通り、自分磨きに精を出し、金曜日には寄り道をしてカフェに入ったり、ショッピングもした。部長がいない寂しさを、外に気持ちを向けることで何とか過ごしていたけれど、買い物でも埋められないのが、部長への想いだった。 「えっと……この日からだから……早く帰ってこないかな」 何度カレンダーを見ても同じ。私が休んだ時からすれ違って一か月が過ぎている。 私は、部長が出張中に自分を変えようと、私なりに努力をしていた。まずは外に出ること、真っすぐ前を向いて歩くこと、人の目があるところで食事をしてみること。私が拒否してきたことを一つずつ克服していった。どれもまだ勇気がいるけれど、私が思っている以上に人は忙しく、他人のことなんか気にして構ってなんかいられないのだと、それが分かっただけでも私にとって収穫だった。 仕事に行くまではルーティン化されていて、朝起きて、身支度を整え、出勤するのが当たり前で、何も考えずに出勤していたけれど、やる気が出なくて、仕事を休みたいと思ってしまったのは初めてで、体調でも悪くなったら休む理由が出来るのにと思うけど、そんなに思うようにいくわけがない。 「自分の丈夫さを呪うわ」 大人しくしているせいか、軟弱に見られがちだけど、私は丈夫な身体の持ち主で、インフルエンザにもなったことがないし、熱が出たのはいつだっただろうと思うほど。寝込みたいときだってあったけど、本当にそれもなかった。 健康で丈夫な身体が、自慢できることが何もない私の唯一の誇れる所なのかもしれない。 「行ってきます」 早朝出勤をしていたけれど、乗る電車が一本後、一本後とずれこんで、気が付けば他の人とあまり変わらない時間に出勤するようになっていた。 「最近、コーヒーの準備が出来てないね」 「そういえば、誰がやってくれてたんだろう?」 「お掃除の人かな?」 「まさか、お掃除の人がするわけないじゃん」 「そっか」 給湯室でささやかれるこんな話。私はいつもの場所で最初の一杯を飲める幸せを感じたくてやって来たことだったから、コーヒーの準備をしなくてもしても特に問題なかったけれど、ずっとやってきたことを止めてしまうと、困ってしまう仲間がいたんだな。 でも、すっかりやる気を失っている状態では、ごめんなさいと言うしかできない。 私が準備をしてきたことで、他の人がマシンの取り扱いが出来ないのも事実。早朝出勤は止めたけど、コーヒーの準備は続けよう。
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