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「手袋を貸して」
言われた通りに手袋を差し出すと、私の手を取って、手袋を付けてくれた。
「すみません、自分で出来ますから」
「白石……自分で出来ることでもやってもらうのが恋愛だよ。こんな小さなことでもやってあげたいと思わせるのが君なんだから」
「……はい」
恥ずかしくて、恥ずかしくて、返事をするのがやっとだった。すると手袋を着けていないほうの手を繋いだまま、部長のコートのポケットにいれた。
「これでもう寒くないだろ?」
すでに返事も出来ないほど、恥ずかしかった。顔まで火照って、明るい場所だったらもっと恥ずかしかったかもしれない。冷たく冷え切っていた手は、ぽかぽかと温かくなっていく。
「今日は社長が車の手配をしてくれたんだ。タクシーで帰ろうと思ったんだけど、せっかくの申し出を断るのもね。自由に使っていいらしいからお言葉に甘えるとしようか」
「社長がですか……?」
部長の業績を見たら、信頼されるのは当たり前だと思うけど、車の手配までとなると、社長の部長への信頼とその凄さを思い知らされる。
「行こう」
部長が大きなトランクを引き、私は手を引かれて歩き出す。告白をして、キスをして、手を繋いで一緒に帰るのに、まだ部長と付き合うことを信じられないでいる。それにずっと、本当にずっと長いこと人付き合いをしてこなかった私に、人の気持ちを汲みながら付き合っていくことが出来るのだろうかと、不安も残る。
「あれだ」
部長の視線の先にあったのは、白いセダンだった。
「本当にいいのでしょうか?」
部長ならまだしも、私のような平社員が社長の手配した車に乗る、それも本当は部長だけだったはずなのに、私が同乗したと知ったら規則違反なんかになるのだろうか。
「いいに決まってるだろ? 心配ないから、さ、乗って。寒いから」
「はい」
ドアを開けて乗るように言われ、促されるまま私は助手席に座った。
自分の車と違って勝手が違うからか、車が駐車場から出るのに少し手こずった様子だったけど、走り出したらいつもと変わらない運転で少しほっとする。
部長との接触を拒否していた時と変わらず、会話もなくカーラジオから流れる音楽に耳を傾けていた。
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