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「よう、珍しいな。オマエ、なんで、こんなとこにいるんだ?」
暑い夏も終わり、過ごしやすくなった夜。街路樹によって切り取られた、ビルとビルの隙間の四角い空間にほんわかと浮かぶ中秋の名月。
彼女は、深夜まで働いている母親への届け物を持って夜の街を歩く。
そうして、母親の働いている店が入ったビルの入り口にさしかかった時だった。
偶然出会った彼に声をかけられた。
……うへ、なんでこんな日に限ってアイツに会っちゃうの。
声をかけて来たのは、小さい頃はご近所どうしで仲の良かった彼。よく近所の公園に、親に内緒で二人だけでコッソリと遊びに行ってた、そんな仲だった。
そんな仲良しだったのに、彼のご両親が亡くなり叔父さんの家に引き取られて、疎遠になってしまった。
だけど幸運にも、高校に入って偶然に出会えたのに。それなのにアイツは、学校で私に会うたびに嫌がらせをして来るの。
* * *
そんなアイツに、満月も綺麗でウキウキな夜、繁華街のこの場所で会うなんて、もう最悪!
「うるさいなぁ。いいじゃない、私が何処で何しようが」
「いや、そうだけどさ。でもさ、こんな時間に年頃の女の子が繁華街を歩くなんて……しかもココ、飲み屋の集合ビルだろ」
「何言ってんの。そういうアンタだって、未成年なのにこんな時間にウロウロして良いの?」
私は、つい、売り言葉に買い言葉で、言い返した。
飲み屋ビルの入り口で、そんな会話をたまたま聞いてしまった、お母さんの店の常連客のオジサンが、私たちの会話に割り込んできた。
「おうおう、兄ちゃん。ママさんの所の娘さんに手を出すなよ。代わりに俺が相手してやるぞ!」
「うるさい、オッサンは関係ないだろ。コレは俺と彼女の話だ」
彼と常連客のおじさんが、お互いに一触即発の状態になってしまい、私はオロオロしてしまう。
すると、今度は彼の後ろに控えてたサングラスのお兄さんが声を荒げた。
「うるせぇ。うちの若の話におっさんが口を突っ込むんじゃねー。おっさんの相手は俺がしてやるからよ」
「こらこら。気質の集に、手ェ出すんじゃねぇぞ。お前はどこの者だぁ?」
サングラスのお兄さんの声に反応したのか、ビルの奥からこの辺を仕切るヤクザさん。目にキズの入ったおじさんが飛び出して来た。
「ああー? うるせぇなぁ、ジジイ。おりゃあな、こう見えても関東龍千会極道組、若頭補佐筆頭のカバンもち千太っちゅうんじゃ。覚えとけ!」
「ああ、お前らか。最近ここら辺の店にちょっかい出してる馬鹿たれヤクザは。良いか耳の穴かっポジいてよく聞けよ。ここら辺のシマはな、昔から浜嶋組のもんじゃ。新興のヤクザが入り込む隙間なんかないんじゃボケ」
今度は、サングラスのお兄ちゃんと目にキズのあるおじさんが、お互いに一触即発になりそうな剣幕で睨み合ってしまう。
やばい。
こんな場所で、私たちが遭遇したことで。
ヤクザさん同士の闘争が始まっちゃう、かも。
私はジト目で彼を睨む。
彼も困ったように視線を逸らす。
* * *
「アンタ達、何してんの?」
私があまりに遅いので、様子見で降りて来たお母さんは、私たちの有り様を見て両手を広げながら呆れるように声を上げる。
睨み合ってたヤクザさん達も、お母さんのドスの入った声を聞いて、上げかけた手を下ろす。
「あれ、月君じゃない。懐かしいわね。確か関東龍千会のおじさんに引き取られたんでしょ? どう元気」
「あ、おばさん。ご無沙汰してます。そうか、ココはおばさんの店だったんですね」
お母さんは、そう言って彼の肩に気軽に手をかける。彼もなんか懐かしそうに返事してるし。
「そう言えば君、ウチの娘と同じ高校なんだって? 娘の夜に会いたいからって、頑張って同じ高校受けたんだって。龍千会のおじさんから聞いたわよ」
「お、おばさん。その話は……」
彼はお母さんの話に真っ赤になって、両手を必死にフルフルさせる。そんなことしても、鈍感なお母さんの話は止まらない。
「夜さんを僕に下さい。ケッコンしたいです。何回もそう聞かされてアタシも耳にタコが出来ちまったからね。せっかく高校も同じになれたんだから、早く付き合っちまいな。そうそう夜だって月君とケッコンしたいって言ってただろ」
そんな話しは、歓楽街の飲み屋ビルの入り口でしないで下さいお母さん。しかも常連客やヤクザさんの目の前で。
彼らは口をあんぐりと開けて、目はニヤニヤしている。
私はもう、目の前に穴を掘って入りたいぐらい。顔は熱ってるし、耳たぶも熱いし。目もくらくらして来た。
明日からどうしよう、気になって今夜は眠れないよ。
コレこそ、月夜の遭遇じゃん。
(了)
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