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◇ 「疋田先輩って、絶対恋愛を就活と同じカテゴリーで括るタイプですよね?」  合コンの会場となった、都内の駅前の大衆酒場。赤い提灯と七福神の壁画に囲まれるその店内で、女は会話を始めるや否や、初っ端から俺の余所行きモードを崩しに来た。  浮谷の紹介してきた女との交流は、重苦しい沈黙と睨めっこの末に始まった。他のメンバーが気の合いそうな異性を見つけてワイワイガヤガヤする中で、俺達は端の席に腰かけているのも相まって、蚊帳の外に投げ出されてしまった。  流石に黙って酒をちびちびと飲む時間も無駄だと思い、気を利かせて俺から会話を切り出した。ショートボブの黒髪に、白い真珠のピアスが左右に二つ。顔立ちも整っていて悪くない。 「何といえばいいんだろう。自分を選ばない奴はみんな馬鹿だ、なんて捻くれたことを考えるイメージがあります」  そう評価しかけたところで、この女は劇物と同等の言葉を吐きだした。それでも、急に仮面の裏を見せるのは悪手だと思い、寸でのところで笑顔を取り繕う。 「い、いやだな。そんなことないよ。この合コンに関しても、良い人と巡り合えたらいいなぁ、って軽い気持ちで来ただけだし」 「ふうん。にしては、会った瞬間から何かを諦めてるような目をしてますし、とても軽い気持ちで受けたとは思えないというか。今の表情とか喋り方も、余所行き用に作ってますよね? 自分の印象をよく見せるために」  やはり、駄目そうだ。  攻防戦三十秒ほどで、仮面の瓦解する音が聞こえてくる。  苛立ちを収めようと、深い溜息をつく。後になってやさぐれることはあれど、お見合いの最中に機嫌を損なうのはこれが初めてだった。 「……君、よく慇懃無礼だと言われないか?」 「別に先輩を侮辱したいわけじゃないですって。むしろ救済したいんですよ。先輩、スペックはさることながら顔も整ってるし。素材は良いのに勿体ないなと思って」 「今日会ったばかりのヤツを救済とは、これまた大きく出たな」  一笑に付して、グラスの中身のビールを呷った。 「いいか? 本当だったら今頃恋愛のことなんか忘れて、家で惰眠を謳歌してたところなんだよ。けどアンタが来てほしいって言ったから、わざわざ時間を割いて来てやったんだ。その厚意をギリギリと踏みにじりやがって」 「へえぇ、先輩って普段そういう話し方してたんですね。そっちの方が生き生きとしてて、私としては逆に好印象ですよ?」 「おだてりゃいいってもんじゃねえんだよ。てかそれ逆に煽ってないか? 適当な賞賛を押し付けられるぐらいならまだ非難された方がマシだよ」  手をひらひらとさせながら、またビールを一口飲む。普段と違い初っ端から自我を曝け出してる分、酒癖が悪くなる。調子が狂いまくりだ。  それとは対照的に、真珠の女は無表情のままチビチビと果実酒を飲み進めると、不意に「あの」と小さく口にした。 「浮谷が話してたんですけど、先輩って他にもお見合いイベントに行ってるんですよね? だけど中々お目当ての相手に巡り会えないとか」 「マジかよ、アイツそんなこと話してたのかよ。ぜってー首絞める」 「浮谷、普段から調子乗ってるんで全然懲らしめちゃってください。で、その話聞いて気になったんですけど──」  身を前に乗り出して女は徐ろに言葉を紡ぐ。一切曇りのない瞳が、真っ直ぐと俺の瞳孔を射抜いた。 「──先輩って、本気で恋したことありますか?」 「……は?」 「なんか、事前に聞いてる情報とか今日の様子とかから察する限り、やっぱりどこかで諦めてる節があるように思うんです。それで最初から一歩引いたところにいるから、女性側も数日で愛想を尽かせてしまう」  先程まで憎たらしいと感じていた声音が、初めてガツンと脳を揺らした。唐突すぎて情報の処理が追い付かない。無意識に否定材料を手繰り寄せようと躍起になって、勝手に圧迫している。 「あとは、自分の長所を活かしきれてない感じがするんですよね。先輩、絶対本来の自分を隠そうとしてボロが出てるでしょ?」 「……だとしたら、何なんだ。俺を笑い者にでもしたいのか」 「違いますよ。言ったでしょう? 先輩を救済したいって。あれ結構ガチなんですよ」  相変わらず感情を表に出さないまま、真珠の女はスマホを懐から取り出して、縦へ横へとスワイプを繰り返す。 「そうですねぇ、先輩の感性に肖って言うのなら……あ、良いとこあった」  だが、目当ての情報を見つけて顔を上げた時には、微かに口端が釣り上がっていた気がした。まるで趣味の悪い悪戯を目論む化け猫の表情だ。 「……今から私と『面接』をしませんか、先輩」  あまりにも突拍子のない言葉に、しばらく自分の開いた口が塞がらなかった。
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