御影君は千里眼をもっている

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御影君は千里眼をもっている

 ────夏です。  八百屋さんのツテで傷ものの茄子を安く分けてもらえたので、最近日替わりは茄子続き。今日のメニューは手作り麻辣油を使った、本格麻婆茄子だ。  麻辣油はその名の通り、麻(花椒)と辣(唐辛子)を油で漬け込んだもので、水餃子や蒸し鶏によくかかっている赤いラー油みたいな調味料の事。中華食材だけでなく、炒め物やサラダ、それにカップラーメンなんかに入れても味をワンランクアップさせてくれる、心地よい痺れと爽やかな辛味をもった万能調味料なのだ。  花椒をフライパンで炒って香りを出してからすり潰して粉状にする。油にニンニク生姜と好みのハーブを加えて香りを移し、すり潰した花椒と粉末唐辛子と合わせ、漬け置けば出来上がり。手間はかかるが一度使うと手放せなくなる一品であり、私は家に常時ストックしてある。 「すごく美味しいです。市販の調味料を使ってもここまでの味に出来るんですね」  御影君の賞賛を受けて、私は少し得意になる。 「そうだね。でもね、この痺れだけは、市販のものじゃ出せないかな。これ抜きで作ると、もうちょっと陳腐な味になるかもしれない。じゃあ麻辣油を家で手作りするっていうと結構手間かかるし、料理好きじゃないとなかなかそこまでしないよね」 「へぇ・・さすが奈緒子さん。やっぱりすごいです」 「えへへっ。なのに嫁の貰い手が無いってのが悲しいところだけどねっ」  そう冗談をかましてみたのだけど。 「そうですね。もう諦めて料理の道を極めてみては? 無理してお見合いとかしても仕事辞めさせられて家庭に入らされたりとか、特にいい事なさそうですし」  サクッと音を立てて、心に何かが突き立った気がした。この間、隣のスナックのママさんがお見合いの話を持って来てたの、もしかして聞いてたのか? 「そ、そうだね・・お見合いしてまで無理して結婚しても・・ね・・」  ずーーんと暗い気持ちになった私。いつも優しい御影君にまで諦めろとか、私ってそんなに恋愛に向いてないのが顔に出ちゃってるのだろうか。お見合いくらいしか手段がない悲しすぎる女だって、思われてるだろうな。事実だけど・・。 「・・もう少し待っててください」 「え? なんか言った?」 「いえ、何でもありません。・・俺が言いたいのは周りに合わせなきゃいけない必要なんてどこにも無い、という事で」 「え?」  彼の方へ視線をやると────それを待ち受けていた彼のまっすぐな視線に捕えられて、思わずドキリとしてしまった。  その瞳が何だかいつもの揶揄う様な笑顔ではなく、真剣な眼差しだったから・・ 「独りが嫌で好きでもない人間と交際する人は多いですけど・・それは誰かに想われていないと自分の価値を見出せない人間のする事です。 奈緒子さんは俺やこの店の常連さん皆から、もうこんなに必要とされていますから」  ────びっくりした。何だか心の中を見透かされている様な気がしたから。  正直、私はここでゆったり料理を作っていられる今の生活が、割と嫌いじゃない。恋人が全く欲しくないかと言われたらそうではないけれど、いつか自然と好きになれる人が現れたらいいなって、そんな程度で。だけど周りはいつも心配気な目を向けて来て、それが不安にさせるんだ。女はやっぱり結婚して子供を産んで、それが『普通』で・・こんなに呑気でいられる私はちょっとおかしいんじゃないかって。今もやっぱり周りの歩く速度について行けない、クズで鈍間だから・・。 「大丈夫。それでいいんだよ」って、優しく言われている気がして・・何だか心の中がほわっと、温められている感じがした。  どうして御影君の言葉は、いつもこんなに私の心に優しく染み込むのだろう。彼はまだ知り合って数ヶ月の、10歳も年下の高校生なのに。ただの雇用主とバイトのありふれた関係なのに。そんなに何でも見透かした様な顔されると、心が騒つく────・・ 「あ、ありがと・・」    また御影君に慰めて貰っちゃって、私ってば本当にダメな大人だ。何だか急に恥ずかしくなってきて居心地が悪くて、私は顔を赤くして下を向いた。そんな私を前に、やっぱり御影君はクスッと笑って・・? 「という訳で、とりあえずお見合いの話は、俺からママさんにお断りしておきますんで」 「やっぱり知ってた!?」  何故そこまで!? なんでも見透かし過ぎだってば、御影君! 「奈緒子さんて断りきれずにうっかり受けちゃったりとかしそうなんで。人が良いので心配してるんですよ」  そうクスリと笑った彼の目は、もうあの居心地悪い優しい眼差しではなく、いつもの揶揄う様な目に変わっていた。
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