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御影君はたまに怖い
今日は面接です。
「渡辺圭介さん。お年は26歳ですか・・」
ランチ時間帯にアルバイトしてくれている小宮さんが、お引越しの為に退職されるとの事で、新たなバイトさんを募集しているのだ。
渡辺さんは茶髪で横を大胆に刈り上げた個性的な髪型のシュッとした男性。オーバーサイズっぽいフード付きのTシャツを着ていて、ちょっとストリートな印象だ。
(成人男性が一日数時間のアルバイト・・生活は大丈夫なのだろうか?)
「私も27歳なので、年近いですね。でも・・ほんとにお昼の時間帯だけのバイトなんですけど、大丈夫ですか?」
「俺、ダンサーをやってまして。すぐそこのスポーツクラブで、夕方から夜にかけてトレーナーをやってるんです。だからその前の時間帯にここでバイトして、そのままスポーツクラブへ行けたら効率的かなって」
「なるほど! ダンサーさんですか、すごいですね!」
履歴書をよく見ると、職歴の欄にちゃんとスポーツクラブの情報が記載されている。最初によく見なさいよ、私。
「土日は出られますか?」
「土日はショーに出たりする事もあるんですけど、もちろん毎週ではないので日によって、という感じでしょうか」
「そうですか、ありがとうございます。合否の結果はまた、改めてご連絡させて頂きますね。ダンス頑張って下さい、応援してます」
渡辺さんを見送りキッチンへと戻ると、いつもの通り御影君が、ホール対応の間に仕込みを進めてくれていた。本当に有能だ。
「ありがとう御影君。今日の賄いは生姜焼きでいいかな? 忙しくなる前に食べちゃってね」
今日の日替わりランチの生姜焼きは、密かな人気メニューだ。日替わりでこれが出た日は、常連さんは大体みんなこれを注文する。一般的にはみりんなどで甘みをつけるレシピが多いけど、すりおろした生姜と酒、醤油だけのシンプルな味付けがウチの特徴。甘さを敢えてつけない事で、豚肉の脂の持つ自然な甘みを引き立ててくれる。厚めにスライスした玉ねぎと共にバットで付け込んでおけば玉ねぎにも旨みが染み込んで、ご飯との相性は抜群だ。
熱したフライパンに漬け込んだタネを入れると、ジュワッという音と共に蒸気が立ち上る。焦げないように酒を少し多めに入れているから、ちょうど水分が飛んだ頃が食べどきの合図だ。生姜醤油の香ばしい香りは、食べ盛りの男子高校生には堪らなく食欲をそそるものであろう。
「どうかな、生姜焼き。常連さん人気は高いんだけど」
「はい。とても美味しいです」
御影君はこちらを振り向く事なく、そう答えた。黙々と箸を運ぶ様子を見て、私は若干の違和感を覚える。いつもと比べて、なんとなく素っ気ない気がするのだ。
「あ、足りなかったら言ってね。まだあるし」
「さっきの男の人・・採用するんですか?」
「え? ああ・・そうだなぁ、見た目はちょっと派手だけど、良い人そうだったよね。考えてみるよ」
「あの人、どう見ても学生とかじゃ無いですよね。いい年して昼数時間のバイトとか、大丈夫なんですか?」
ん?
「いや、近くのスポーツクラブでダンスの先生やってるらしくて。ここでバイトしてから行くと、時間的にちょうどいいんだってさ」
「へぇ。ダンスとか、格好いいですね。それに奈緒子さんと年も近そうで、話も合うでしょうし」
・・・・んんん??
何だろう・・いつも穏やかなはずの御影君が、何か言葉の節々に、棘の様なものを感じる・・?
「俺は断然、昨日の吉瀬佳織さんの方がいいと思いますけど」
なぜ候補者を把握して!?
「い、いやその・・でも吉瀬さんは子供いるから土日は出られないんだって。だから渡辺さんの方がイイのかなぁ〜なんて」
「土日なら俺が出れますし」
ん・・? もしかして御影君、バイトのシフト減らされたら困るとか思ってるのか? 結婚資金貯めるって言ってたもんな。でもそんなにバイトばかりじゃ、そもそも彼女と会う事すらままならないのでは?
「いやでも・・御影君だってたまにはお休み欲しいんじゃない? 彼女とデートとか・・」
恐る恐る聞いた私に対し、しかし彼はちょっとむっとした様な顔で、こう断言した。
「お構いなく。彼女とかいませんし」
プイっと視線を生姜焼きに戻し、彼はまた黙々と、ご飯を口へと運び始めた。
え・・じゃあなんでそんなお金貯めてんの・・? しかもプイって、なんで今日そんな機嫌悪いの・・? バイトの人選の事でバイトにキレられるとか、マジで謎だよ、御影君!
御影君もたまには機嫌が悪いという事を知った一日でした────。
「とにかく、俺は吉瀬さん推しですから」
「え? あ、うん・・考えてみるね・・」
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