0人が本棚に入れています
本棚に追加
その夜、僕は与えられた部屋で充電をしていた。コンコン。ドアがノックされた。返事をすると姫だった。
「夜遅くにごめんなさいね」
彼女はお盆を手に持ち、部屋へと入ってきた。
「一緒にお茶を飲みましょう」
彼女はお盆を掲げてみせた。ポットとカップがのっている。
「僕にお茶は必要ありません。お茶は飲めません」
僕は充電器をはずし、彼女からお盆を受け取ると、テラスの机の上に置いた。月明かりで何もせずとも、部屋とテラスは月の光で溢れていた。
「まあそう言わずに付き合ってくださいな」
姫はテラスの席に座ると僕に反対側へ座るよう、うながした。
「昼間は忙しいでしょう。あなたと話すには夜しかないなと思って」
話があるなら、と僕は席に座って姫と向き合う。
彼女はにこにこと、カップにお茶を注ぐと僕の目の前に置いた。湯気がたっているが、残念ながら匂いは分からないし、飲むこともできない。
「今日は月がとてもきれいですね」
姫はカップを持ち上げて一口お茶を飲んだ。そして美味しい〜と顔をほころばせる。じっと彼女をながめる。
「ほらきれいですよ。月を見てください」
僕は空を見上げた。満月だ。大きくて優しい光を放っている。しかし僕には感情がないのでなんとも思わなかった。
「私達は同じ月を見てますね。いつかあなたと同じお茶を飲みたいものです」
姫はお茶をもう一口飲んだ。
「僕はロボットです。飲食はできません。そして、弟が王になれば僕の役目は終わりです。いつかは捨てられるのです。あなたの考えていることは申し訳ありませんが、実現できないでしょう」
僕は言った。本当のことだ。
「あら、私が実現させてみせますよ」
姫は自信たっぷりに答えた。
「なんでそんな自信があるのですか」
ふふふと姫は微笑む。そしてポットからお茶を注ぎ2杯目を飲んだ。
「これはアケビの紅茶です」
彼女はカップを揺らし、匂いをかいでいる。
「アケビの花言葉は知っていますか?」
「『才能』です」
僕はすぐ答えた。
「さすがですね。もう一つあるでしょ」
「……『唯一の恋』」
なぜ僕は花言葉を知っているのだろう。僕の製造者に花が好きな人がいたのだろうか。王の仕事に関係ないものはあまり僕に情報を入れていないと聞いている。
しばらく沈黙が続いた。
「……私はたとえロボットでもあなたが好きです」
姫が少し恥ずかしそうに言った。
「正確には私の元になった人物でしょ?」
僕は淡々と答える。
「まぁそうとも言えますね」
彼女はもう恥ずかしがってはいない。
「でも私はあなたを愛してますよ」
姫は真剣な目をしている。
「ただの慰めでしょう。私はそのうちいなくなるんですから……」
「それでも私はあなたを手放しませんよ」
姫がいたずらっぽく笑う。
「知ってます?私もあなたの製造に関わったのですよ。私には「才能」があります。幼き日から機械の研究をし、努力して手に入れた才能が。私があなたをいつかお茶の飲める体にしてみせます」
なるほど、花言葉の知識を入れたのはきっと彼女だ。僕のデータには姫の情報はあるが、花が好きだとは書いてなかった。きっと王子と姫の間の秘密の情報だったのだろう。
「そんなことして……」
「無駄ですか?私には無駄に思えませんね。私の唯一の恋……」
彼女は目を細めてこちらを見てくる。僕はその瞳から目を離すことができなかった。
「いつかあなたに心が芽生える日を待ってます。あなたのそばにいさせてくださいね……」
「また月のきれいな夜にお茶会をしましょうね」
彼女はカップを持ち上げて上品に飲み干した。
僕はその瞬間、嬉しいという気持ちが芽生えた。それと同時にちょっと恐ろしさも感じた。才能あふれる彼女はいつか本当に僕をお茶が飲める体にしてくれるだろう。
たとえ誰かの代わりだとしても僕を、愛してくれる人がいる……
僕はきっと幸せ、なんだろうなぁ
僕は冷めてしまってもまだほんのりと暖かいアケビ茶の入ったカップをそっとなでた。
最初のコメントを投稿しよう!