【第一部】ネオンピンクの瞳

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──藤野美羽(ふじのみう)とは社内恋愛だった。  初めての部下だった彼女を失うことを恐れ、告白を断りきれなかったことではじまった交際が、思いもよらない幸福な日々を雄士にもたらした。  美しく聡明な上に料理もひじょうに上手かった彼女は、人並み以上に食欲旺盛な雄士にとって、誰よりも魅力的な女性だった。交際から半年が過ぎた頃には、密かに結婚生活を思い描くほどかけがえのない存在になっていた。  彼女にとっての自分もそういう存在であると、雄士は疑う余地なく信じていた。彼女も同じように自分を愛し、自分との未来を望んでいるのだと。  彼女の死はあまりに唐突だった。  彼女が自ら命を断つほどの苦悩を抱えていたことにまったく気づいていなかった雄士は、そんな自分への怒りで頭の中が真っ白になり、茫然自失のまま今日の葬儀を迎えた。  彼女は秘密の関係を強く望んでいたため、雄士が彼女の恋人だと知る者は、参列者の中に一人もいなかった。  あくまで同僚として列席した雄士には、最後の別れの瞬間でさえ、彼女の恋人として感情を吐露することは許されなかった。  彼女はなぜ自殺したのか──雄士に残されたのは、既に答えを永遠に失った疑問と、唯一の真実だった。 「彼女は俺との未来を望んでなどいなかった……それだけは確かです」  か細く掠れた声で、雄士は告白を締め括った。  じっと聴き入っていた浄善は、グラスに視線を落としたままでぽつりと言う。 「きみは赦されたいのだろう?」  少しも責めている風ではないのに、前置きなしで核心に迫る浄善の一言はときに辛辣だ。それが今の自分にとって、殊さら鋭利な武器となり得ることを、雄士は予想していなかったわけではない。 「いいえ……俺がこんな時にあえてあなたの誘いに乗ったのは、あなたの悪意に抉り殺されたかったからです」 「あっははは! 僕に悪役になれって?」  ネオンピンクの瞳をきらきらと輝かせ、浄善は「きみのためなら喜んで」と続けた。  恋人を失ったばかりの友人の前で大笑いできる彼の異常さにさえ、雄士は顔色ひとつ変えない。  どこまでも穏やかな性格がそうさせたのではなく、美羽を失った瞬間から、全ての感情が胸の中から消え去っていたためだ。  何も反応しない雄士が気に入らなかったのか、浄善はつまらなそうにグラスの中の丸氷を指で弾いた。 「『もともと悪役でしょう』って言うのにね、いつものきみなら」 「……ご期待にそえず申し訳ございません」 「いきなり仕事モードやめてくれる?」
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