【第一部】ネオンピンクの瞳

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 浄善は雄士にとって友人であり、初めて獲得した顧客でもある。  彼と出会った当時は新入社員だった雄士は、資産家として社内で有名な浄善に名指しされた理由がわからず、戸惑っていた。  それは雄士の同僚達も同じで、世間知らずでお人好しで、おまけに超がつく美形の雄士が、「面食い大富豪」の異名をもつ浄善に取って食われやしないかと、本気で心配していた。  同僚達から見た自分のイメージを恥じていた雄士は、浄善と初めて契約を交わした日、名指ししてきた理由を直接本人に尋ねた。  男としての矜持を保つため、答えによっては自ら担当を外れようと固く決意して。  問われた浄善は、まず爆笑した。根も葉もない噂はとっくに耳に入っていたが、浄善自身は気にもとめていなかった。だからこそ、周囲に身の潔白を証明しようと必死な雄士の生真面目さが可笑しく、また可愛くもあった。  真剣な問いかけを笑い飛ばされた不快感を顔には出さずじっと待つ雄士に、浄善は笑顔で答えた。 『いかにも人畜無害そうで御しやすそうな新入社員……つまりきみを、僕のファイナンシャルアドバイザーとして、一から完璧に育て上げたかったから』  フォローのつもりか、さらに付け加えられた『学歴も優秀で使えそうだったし』という一言を含め、「自分に都合よく他人を利用するのは当たり前」と言わんばかりの浄善のスタンスに、雄士はただただ愕然とした。  他に類を見ない彼の強烈なエゴイズムに、その後の雄士は少なからず影響を受けることになる。入社後わずか一年での昇進も、彼のおかげだったと言っても過言ではない。  側から見れば人格破綻者と呼ばれても不思議ではない究極のエゴイストである浄善と、仏のように広い心を持ち、我を通すこととは無縁の人生を送ってきた雄士とは、何故だかじつに馬が合った。  雄士がここ数年、恋人の美羽に次いで最も長い時間を共有してきたのも、家族や同僚を差し置いて彼だった。  そうして世の中を見つめる視点が徐々に似通いはじめた投資家と駆け出しのコンサルタントは、いつしか互いに唯一無二の親友になっていたのだった。 「悪意で抉り殺すのも悪くはないけど、それって結局はきみが赦されたいってことじゃない?」  わざとらしく首を傾げて雄士の顔を覗き込みながら、浄善は声を弾ませる。  じっくりと育んできた友情に亀裂を生みかねないこんな局面でも、あくまで自分の愉しみを最優先するその姿勢がいっそ清々しく、やはり彼と会って正解だった、と雄士は確信した。 「きみが僕の悪意で死ぬほど傷ついても、きみを赦せる人間はもうこの世にいないよ? どうする? 死んでみる?」 「そうするしかないでしょうね……他に道がないのなら」  もはや他人の生傷を抉る愉悦を隠そうともせず薄ら笑いを浮かべていた浄善は、ふと何か意外なことに気づいた様子で大きく目を見開いた。
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