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怪物の役目
「そばにいてくれ……」
途方に暮れた自分の声で、雄士は覚醒した。
美羽のいない世界に戻ってきてしまったことを受け入れられずじっと目蓋を閉じたままでいると、ふと人の気配がした。
瞬時に感覚を研ぎ澄ませ、薄く目を開ける。
驚いたことに、こちらを見下ろしていたのは見知らぬ少女だった。
「お兄を殺したの?」
雄士が状況を把握する間もなく、少女は憎しみのこもった眼差しで言った。
どう答えるべきか考えはじめた雄士は、すぐにそうしている自分が許せなくなった。
この任務に就くと決めた時から、覚悟はできていたはずだ。いつかこういう時がくるかもしれないと……。
「ここにいた幹部達は、俺が全員殺した」
感情を交えず事実だけを告げると、気の強そうな少女の顔は瞬く間に涙に濡れた。
目をそらそうとする自分を叱咤し、雄士は少女の絶望を目に焼きつける。
「じゃあお兄はどこ?」
「諦めろ。身元など判別できない……見たらわかるだろ」
言いながら雄士は、自分の中の何かが壊れていくのを感じた。
幼い子供を失意の底に落とすことが、自分のしたかったことか?──そんな自問に、もう「違う」とは言えない。目の前の少女から希望を奪ったのは、紛れもなく自分自身だ……。
少女が泣き崩れた隙にこの場を去ろうと考えていた雄士は、立ち上がりかけた。
しかし予想に反し、少女は突如いきりたって大声をあげた。
「あんたが連れてったのに、どこに置いてきたのって聞いてんの!」
「え……?」
「とぼけても無駄! あんたガッドでしょ? それ外すとこ見てたんだから!」
少女が指差した血まみれのマスクを見てようやく合点がいき、雄士ははっと息を飲む。
つまり少女の兄は、「ここにいた幹部達」ではなかったということだ。さっきの涙も、兄の死への絶望から流したものではなかったのだ……。
「君は銀狼の妹なんだな⁉︎」
まるで死の淵から生還したかのような深い安堵の表情で言った雄士を、少女は呆然と見つめる。
どこまでも澄んだ輝きを放つその瞳は、地獄を閉じ込めたようなさっきまでの瞳と同じものだとは到底思えない。
「お兄さんは外にいる。さっさとここから出よう」
返事を待たず、雄士は少女を担ぎ上げて駆け出した。
体の奥底から湧いてくる限りない力を、人を助けるために使うことができる喜びを抑えきれずに。
『怪物には怪物の役目がある』──気休めの励ましではなく、ありのままの自分を肯定してくれた恋人の言葉は、今まさに雄士の中で特効薬のように抜群の効果を発揮しはじめていた。
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