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「お兄!」
「静かに。他の構成員に見つかったら面倒だ」
黙って頷いた少女を一旦床に下ろした雄士は、真っ赤に染まった彼女の靴に気がつき一瞬動きを止めた。
「君はいつからあの部屋にいたんだ?」
銀狼と少女を連れて走りながら、雄士は恐るおそる尋ねる。
質問の意図を察したらしい少女は、「全部見てたけど何?」とあっけらかんと言った。
「そうか……悪いが安全な場所に着くまで我慢してくれ」
少女が部屋の外に横たわる兄に気づいていなかった時点で答えは出ていたが、雄士は落胆を禁じ得なかった。
気丈に振る舞ってはいるが、彼女がいま自分に対して抱いている恐怖は想像を絶するほどだろう……。
「やっぱり我慢しなくていい」
「何のこと? さっきから」
「俺が怖いなら泣いていい。ここは危険だから、まだ離してやることはできないけど……」
雄士は精一杯穏やかに言った。
少女は沈黙したが、返事など聞くまでもない。間もなく泣き喚くだろう。
「バカじゃないのあんた」
不意に少女が放った一言に、ちょうど階段を一気に飛び降りたところだった雄士は危うく着地に失敗しそうになった。
「危っぶね……」
背負った銀狼と抱えた少女で両手が塞がっている雄士は、冷や汗を拭えぬままに再び走り出す。
混乱のさなかにある運び手のことなどつゆ知らず、少女は声を弾ませた。
「やっぱ超人なんだねあんた。お兄と同じじゃん、バカなとこも」
「……」
生まれて初めて浴びせられた二文字の衝撃を受けとめきれないうちに放たれた二発目で、これまでエリート街道を突っ走ってきた雄士の自負は完全にへし折られた。
しかし立ち直りの早さも一流な彼は、すぐに少女が発した二文字を真に受けなくていい理由を見出す。
(これが俗に言う思春期か……)
「キモい」とか「オッサン」とか言われないだけましだ──そう自分に言い聞かせながら、雄士は黙々と会場の外を目指した。
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