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震えの理由
護送車に乗り込み少女を座席に降ろした時、雄士は初めて彼女が震えていることに気がついた。
かける言葉が見つけられず黙ってシートベルトを締めてやっていると、ふと少女が口を開いた。
「あんたが怖いわけじゃないから」
「ありがとう……気を遣ってくれて」
無理に微笑みを浮かべた雄士は、少女が安心できるよう今後の流れを丁寧に説明した。
ベッドに固定した銀狼の安全を確認して護送車を降りようとしたその時、背後から呼びとめる声がした。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「ひとの話はちゃんと聞きなさいよ……あんた大人でしょ?」
やけに落ち着いた口調で言われ、雄士は思わず頭を掻く。
「ごめん。でももう車が出るから、着いてからでいいか?」
「だめ。こっち来て」
「でも……」
「いいから来なさい!」
逡巡したのち、雄士は少女の足元に胡座をかいて座った。
「着くまでここにいることになるけどいいのか?」
「あんたが言ったんでしょ、『そばにいてくれ』って。しょうがないから居てあげる。仇を討ってくれたお礼」
少女の話をまったく飲み込めないまま、雄士はやむなく発車の合図を出した。
警察の特殊部隊が到着する前に現場を去らなければ、この任務は失敗だ。浄善の直轄部隊とはいえ、CESIAの存在を知っているわけではない。
「君は銀髪じゃないんだな」
少女の恐怖心を少しでも和らげようと、雄士は当たり障りのなさそうな話題を選んだ。
「お兄のはストレスのせいだよ、たぶん」
「以前は君と同じ黒髪だったのか?」
「ううん、前からあの色。ていうか大人のくせに察し悪すぎじゃない? 白髪になってもおかしくないって意味で言ったんだけど」
雄士の返事を待たず、少女は必死な様子で続ける。
「ご飯は食べれないし寝れないから、お兄はあんなに痩せてんの。食べるものも寝る時間もいっぱいあるのにだよ? わかる?」
「……そうだな。無神経ですまない」
少し考えてみればわかることだ。好きでもない人殺しをさせられて、普通に飯が食えるか? 何も考えずに熟睡できるか?
銀狼の状態を薬物依存のせいだとばかり思っていた自分に腹が立ち、雄士はぐっと拳を握る。
「謝んないでよ……あんたが」
言葉の意味をはかりかねながらも、雄士はあえて真意を問わなかった。
思春期どころか自分よりもはるかに自立している少女の真意は、聞いたところでほとんど理解できないだろう。
「俺が仇を討ったっていうのはどういうこと?」
雄士が尋ねた途端、少女はさっと顔色を変えた。
そこに浮かんだ感情はさっきの言葉よりもさらに複雑で、雄士には到底理解の及ばないものだった。
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