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「で、こりゃどういう状況だ?」
「その傷の経緯を尋ねて欲しいのか?」
右頬にある大きな傷を撫でている銀狼を見つめながら、雄士は思わず息を飲む。
無意識の癖で触れていたにすぎなかった銀狼は、「あ?」と眉間に深いしわを寄せた。
「話そらそうとしてんじゃねぇ! どういう状況かって聞いてんだよ!」
予想と違った銀狼の反応に首を傾げながら、雄士はあくび混じりに言う。
「俺はもう寝るから、説明は後でする」
「ざけんな! 今すぐ説明しやがれ!」
「兄貴命のユナちゃんが安心して眠っていることから、すべてを察しろ」
「できるかッ!」
さっそく床に寝そべり目を閉じていた雄士は、「ああうるさい」と顔をしかめる。
「俺もお前との試合で疲れてるんだ。寝かせろ」
「オレはべつに疲れちゃいねぇ」
「馬鹿言え。体が動かないなんて相当だろ」
返す言葉もなかったのか、銀狼は黙り込んだ。
雄士はふっと笑い、そっぽを向いた銀狼に穏やかな笑みを向ける。
「着いたら一緒にメシを食おう。そうすれば動けるようになる」
「てめぇこそ馬鹿言ってんじゃねぇ。なんでオレがてめぇなんかと……」
言いながら雄士を見下ろした銀狼は、ふと言葉を切った。
妹の無事を確かめると、尋常ではない量の返り血の理由が急に気になりはじめる。
「そんなに血まみれにしてやった覚えはねぇぞ」
聞くに聞けない様子でぼそりと言った銀狼に、雄士はふっと微笑みかけた。
「お前のせいじゃないから心配するな」
「してねぇよ!」
リング上で味わわされた会話が噛み合わない苛立ちが蘇り、銀狼は大きく舌打ちする。
「つーか何なんだよ、オレら……」
死闘を経て、謎の対戦相手GODと自分の共通点を認めざるを得なくなった様子の銀狼に、雄士は目を閉じたまま「それも後で話す」と応じた。
「待て! マジで寝ようとしてんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!」
「好きにし……あ、おでこ以外で頼む。怪我してるから」
「自爆だけど」と小声で付け足した雄士に、銀狼は苛立ちが頂点に達した様子でいきりたつ。
「何が『おでこ』だクソマスク! マイペースも大概にしやがれ!」
「あ、やばい」
「何だ⁉︎」
「現場にマスクを置いてきてしまった……」
「知るかッ‼︎」
ミスを反省するかのように額に手を当てた謎の対戦相手GODを、銀狼は唖然と見下ろした。
「現場ってリングのことか? あの後どうなった?」
「とにかくお前とユナちゃんの敵はもういない。安心して休め」
「は……?」
『すべて終わらせる』──試合中のGODの発言と、彼の全身を染めた返り血の意味を示唆する一言に、銀狼は言葉を失った。
ふと何か言おうとしては口ごもっている銀狼に気づいた雄士は、起き上がって彼を見据える。
「俺はお前の味方だ」
家族でも恋人でもなくても、誰の目から見ても悪人でも、たとえ同類ではなかったとしても、「味方」でいてやりたい──。
そんな相手のことをなんと呼ぶのか気づいた時、雄士は自分がまた笑えた理由を、その呼び名の本当の意味を知った。
「俺達は仲間だ、ジャオ」
胸やけしたような表情を浮かべながらも、銀狼は否定しなかった。
雄士は満足げに微笑み、睡魔に誘われるまま再び床に寝そべる。
「だったらまずは名乗れよ、クソマスク」
「ああ、名前か……俺は剱……んん……」
「あ……?」
あまりにも発音しにくそうなGODの本名に衝撃を受けつつも、既に彼が妹の恩人であることを確信している銀狼は、控えめに「変わった名前だな」と反応した。
しかしいくら待っても返事はなかった。
銀狼はハッと笑い、無防備な彼の寝顔をじっと見下ろす。
どんな目的があったのかは知らないが、見るからに隙だらけで裏社会とは無縁の男がたった一晩で自分の世界を変えてしまったのだと思うと、また笑えてくる。
「自己紹介の途中で寝んなよ……ケン・ンン」
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