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力の根源
不意に聞こえたノックの音で、雄士は目を覚ました。
素早く周囲の状況を把握してベッドから降りたその時、聞き慣れた声とともに扉が開いた。
「警戒しなくていいよ、僕だから」
「それは難しいですね。今の俺にとって、あなたは最も警戒すべき相手です」
浄善の前で心から笑えたことは、これまでに一度もない──今回の任務ではっきりと認識したことを、雄士は隠さず口にした。
「ごもっとも」と軽い調子で言いながら、浄善は部屋の隅から椅子を引っ張ってきてベッドの傍らに座る。
「きみがそう感じるようになれたということは、彼は……ジャオくんは信頼できる人物だったわけだ?」
「ええ、少なくともあなたよりは」
「素晴らしい」と手を叩き、浄善はにっこり笑った。
ベッドに戻る気にはなれず、雄士は壁際に立ったまま冷ややかに彼を見下ろす。
「ではまず労いの言葉を……」
間髪入れず「いりません」と遮られ、浄善は少し残念そうに話題を変えた。
「じゃあ初任務を終えた感想は?」
「最高の気分だとでも?」
とりつく島もないほどの嫌悪を示されながらも、浄善はまったく気にした風もなくさらに笑みを深める。
「怒りを発散するのは気持ちがいいだろう? とくに日頃から強く抑え込んでいたきみの場合……」
言い終えないうちに、浄善は椅子から転げ落ちた。突如響いた破壊音よりも、雄士が急に怒りを露わにしたことに驚いて。
「ああ失礼、驚かせるつもりはなかったのですが」
雄士が壁から拳を引き抜くと、その周囲が一気に崩れ落ち、ぽっかりと黒い穴が空いた。
真っ青な顔で「かまわないよ」と応じた浄善は、雄士から少し離れた位置に座り直す。
「これからは都度発散することにしたんです。あなたの仰る通り、俺は日頃から怒りを抑え込みすぎていたようなので」
脅しが効いたのかすっかり黙り込んだ浄善を尻目に、雄士は「せっかくなので感想を」と切り出した。
「確かに気持ちよかったです……殺虫剤で弱った虫を踏み潰しているようで。悪人を始末できる上に感謝までされるなんて、正義感が強い俺にとっては天職でしょうね」
「……それは皮肉かい?」
「さぁ? 俺には判りかねます。受け取る側の精神状態次第でしょうから」
「お前は俺を上手く扱えるのか?」──昨日までとは別人のように複雑な感情を孕んだ雄士の瞳が、そう問いかけてくる。
真っ直ぐなその眼差しをしばらくじっと受けとめ続けた浄善は、ついに観念した様子で口を開いた。
「今回ばかりは僕の非を認めよう……すまなかった」
浄善の口から謝罪の言葉が出たことに心底驚きながらも、雄士は黙って続きを待つ。
「Type:Eの特性について、説明が不足……いいや、僕はあえて一部の説明を省いていた」
「それは『怒りで暴走する』という部分ですか?」
「その通りだ」
肩の力が一気に抜け、雄士はほっと表情を緩めた。
いわゆる「キレる」という状態からは逸脱した任務中の行動がもしも特異体質のせいでなかったら、自分は異常者だと認めざるを得なかっただろう。
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