力の根源

2/3
71人が本棚に入れています
本棚に追加
/216ページ
「Type:Eは戦闘時、怒りの感情をコントロールする必要がある。無意識下での抑制ではなく、意識の表面でね」 『それで怒っているつもりなのか?』──先日浄善が放った一言がようやく腑に落ち、雄士は「なるほど」と呟いた。  自分では怒りを露にしていたつもりでも、無意識のうちに抑制されたその感情は、わずかばかりも表情には出ていなかったのだろう。  無表情で怒っている自分を見ていた浄善の心境を想像し、雄士は思わず苦笑を浮かべた。 「さぞ気味が悪かったでしょうね」 「確かに不自然ではあったけれど、気味悪くはなかったよ。どんな表情でも魅力的に見えてしまうのは、美しく生まれた者の罪だよね」  うっとりと目を細めて言った浄善から視線をそらし、雄士はすかさず話題を変える。 「正直言って難しそうです。ただでさえ感情が昂る状態で、怒りをコントロールするのは……」  初めての対人戦闘で味わったかつてない高揚感を思い出し、雄士はなんともいえない気持ちになった。浄善があえて説明を省いた理由が見えてきたからだ。  トリガー作戦から始まり、彼がこれまで整えてきた舞台はすべて、雄士が先入観にとらわれず、身をもって己の正体を知る為のものだったといえる。  それが自分自身の望みでもあったからこそ、先ほどの拳は浄善にではなく、壁に向かうしかなかったのだ。 「シェウェイ会の幹部達は、俺の為に死んだんですね……」  現場で何度も繰り返した自問への答えがようやく見つかり、雄士は力なく呟いた。  彼らは自分がこの力の本領を知るための、いわば生け贄となったのだ……。 「それも間違いではないが、この世界の未来の為と言った方が僕にとっては正しい」  口を開きかけた雄士を、浄善は「これは慰めではない」と遮った。 「重要なのは、きみが今回の任務を通し、戦闘時における怒りのコントロールがどれほど困難かを知ったことだ。怒りの根底にあるものは恐れであり、恐れの源は生への執着だ。つまり怒りとは生存本能からくるものであり、戦闘時のType:Eにとっては力の根源と言える」  ジャオの拳が顔の真横を穿った時の、血が沸騰するような感覚を思い出し、雄士はさらに憂鬱になった。 「生存本能」とは、なんとも抗い難い……。 「だからね、剱崎くん……怒るのは悪いことじゃないんだよ。それをわかってもらうためなら、僕はきみに殺されたってかまわない」  早くも脅しの効果が薄れはじめた様子の浄善に、雄士は思わずため息を漏らした。 「恩着せがましい言い方はやめてもらえますか?」 「そんなつもりもちょっとはあるけど、泣かずに耐えたんだから大目にみてよ?」  壁の穴を指さしてにっこり笑った浄善を、雄士は白い目で見返す。 「あなたのにいつも付き合ってあげているので、俺も大目にみてもらえますよね?」  浄善はぱあっと顔を輝かせ、「いいだろう」と雄士に向かって右手を差し出した。 「これで仲直りだね、剱崎くん」 「ええ、これっきりかも知れませんが」 「そんなぁ……」  雄士は今にも泣きだしそうな浄善と笑顔で握手を交わした。  互いにとって利用価値がある関係において最も重要なのは、相手に主導権を握らせないこと──そんなかつての浄善の言葉を思い出しながら。
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!