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「Type:Eは戦闘時、怒りの感情をコントロールする必要がある。無意識下での抑制ではなく、意識の表面でね」
『それで怒っているつもりなのか?』──先日浄善が放った一言がようやく腑に落ち、雄士は「なるほど」と呟いた。
自分では怒りを露にしていたつもりでも、無意識のうちに抑制されたその感情は、わずかばかりも表情には出ていなかったのだろう。
無表情で怒っている自分を見ていた浄善の心境を想像し、雄士は思わず苦笑を浮かべた。
「さぞ気味が悪かったでしょうね」
「確かに不自然ではあったけれど、気味悪くはなかったよ。どんな表情でも魅力的に見えてしまうのは、美しく生まれた者の罪だよね」
うっとりと目を細めて言った浄善から視線をそらし、雄士はすかさず話題を変える。
「正直言って難しそうです。ただでさえ感情が昂るあの状態で、怒りをコントロールするのは……」
初めての対人戦闘で味わったかつてない高揚感を思い出し、雄士はなんともいえない気持ちになった。浄善があえて説明を省いた理由が見えてきたからだ。
トリガー作戦から始まり、彼がこれまで整えてきた舞台はすべて、雄士が先入観にとらわれず、身をもって己の正体を知る為のものだったといえる。
それが自分自身の望みでもあったからこそ、先ほどの拳は浄善にではなく、壁に向かうしかなかったのだ。
「シェウェイ会の幹部達は、俺の為に死んだんですね……」
現場で何度も繰り返した自問への答えがようやく見つかり、雄士は力なく呟いた。
彼らは自分がこの力の本領を知るための、いわば生け贄となったのだ……。
「それも間違いではないが、この世界の未来の為と言った方が僕にとっては正しい」
口を開きかけた雄士を、浄善は「これは慰めではない」と遮った。
「重要なのは、きみが今回の任務を通し、戦闘時における怒りのコントロールがどれほど困難かを知ったことだ。怒りの根底にあるものは恐れであり、恐れの源は生への執着だ。つまり怒りとは生存本能からくるものであり、戦闘時のType:Eにとっては力の根源と言える」
ジャオの拳が顔の真横を穿った時の、血が沸騰するような感覚を思い出し、雄士はさらに憂鬱になった。
「生存本能」とは、なんとも抗い難い……。
「だからね、剱崎くん……怒るのは悪いことじゃないんだよ。それをわかってもらうためなら、僕はきみに殺されたってかまわない」
早くも脅しの効果が薄れはじめた様子の浄善に、雄士は思わずため息を漏らした。
「恩着せがましい言い方はやめてもらえますか?」
「そんなつもりもちょっとはあるけど、泣かずに耐えたんだから大目にみてよ?」
壁の穴を指さしてにっこり笑った浄善を、雄士は白い目で見返す。
「あなたの遊びにいつも付き合ってあげているので、俺も大目にみてもらえますよね?」
浄善はぱあっと顔を輝かせ、「いいだろう」と雄士に向かって右手を差し出した。
「これで仲直りだね、剱崎くん」
「ええ、これっきりかも知れませんが」
「そんなぁ……」
雄士は今にも泣きだしそうな浄善と笑顔で握手を交わした。
互いにとって利用価値がある関係において最も重要なのは、相手に主導権を握らせないこと──そんなかつての浄善の言葉を思い出しながら。
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