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「怒りが力の根源……それは確かに腑に落ちますが、死を予感した瞬間に筋力が上がるのは変じゃないですか? Type:Eは常に100%の筋力を発揮できるはずですよね?」
浄善は満足げに頷き、「いい質問だ」と雄士を見返す。
「確かに100%解放できる状態ではある」
「『状態』……?」
「ああ。人がただ歩くために全力は発揮しないように、きみの肉体もまた経験値に基づく脳の予測に従って動いている。つまり発揮される筋力は、行動に必要とされる程度に限られる」
浄善はにっこりと笑い、「普通の人と同じさ」と付け足した。
自分が「人」であることの証明は、今の雄士にとっては何よりも喜ばしい。それが今回の任務を通して浄善が最も伝えたかったことなのだろうと察し、雄士は複雑な気分になった。
彼のことを知れば知るほど、悪人なのか善人なのか見分けがつかなくなる。
「訓練の初日、人型ロボットの頭部を吹き飛ばしてしまったんですが……あれは確かに、経験値不足による予測の失敗ですね」
「言っただろう? 実戦で勝つためには経験とセンスが必要だと。まぁきみの場合、センスは申し分ないようだけど」
雄士はいっさい謙遜せず、「そうでしょうね」と肯定した。
初めての実戦を経て生まれたその新たな自負が頼もしく、浄善はうんうんと何度も頷く。
「経験の方はまったく足りていませんが」
「大丈夫。これからは本物の模擬戦闘がいくらでも可能だ」
浄善の言わんとしていることがわかり、雄士は思わず口元を緩めた。
「ジャオの様子はどうですか?」
「まだ眠ったままだけど、試合のダメージはほとんど回復したようだ。ユナちゃんは鈴代くんに任せているから安心したまえ」
「……後ほど様子を見に行きます」
CESIAの専属医である鈴代の見るからに気難しそうな顔を思い出し、雄士は少し不安になりながら言った。
浄善も「それがいい」と苦笑を浮かべる。
「さて、きみに遺恨が残らないよう、もう少し今回の任務について話してもかまわないかい?」
「残りませんよ、そんなもの。俺の性格を知ってるでしょう?」
「まぁね。表に出さず根にももたないなんて、きみの怒りは一体どこに消えているのかな?」
心の奥を覗こうとするような眼差しから、雄士は浄善の意図を察した。
『遺恨が残らないよう』などともっともげな理由をつけたが、彼が本当に引き出したかったのは初めからこの話題だったのだろう。
「どこにも消えていないからあんなことになったんでしょう。あなたが危惧……いや、期待していた通りに」
「確かにそうだけど、逆に言えばきみの潜在意識は……きみのType:Eとしての本性は、その機会を待っていたと言えるんじゃないか?」
雄士の皮肉には眉ひとつ動かさず、浄善は珍しく真剣な表情で言った。
予想以上に深い部分まで一気に踏み込まれた雄士は、思わず息を飲む。
「本性」と認識されてしまった以上、もう隠してはおけない。
それに今こそ本当の意味で自分と向き合わなければ、今後前には進めなくなるだろう。
「さっきの言葉……俺にとって天職だと言ったのは、皮肉ではありません」
浄善が与えてくれた告白の機会が、自分にとって最悪か絶好かの二つに一つだとわかっていながら、雄士はあえて何も考えず、心のままに語りだした。
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