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【第一章】ネオンピンクの瞳
馴染みのバーの入り口を前に、剱崎雄士は立ち止まった。鏡に映る自分の姿を見て、喪服のままで来てしまったことにようやく気づいたのだ。
(酒を飲む前に、自分と向き合えとでもいうのか……?)
前々から悪趣味だと感じていた鏡張りの扉を開けると、既にカウンター席の中央でグラスを傾けている浄善律の姿があった。
時間通りに現れた雄士に気がつくと、彼はグラスを置こうとしていた手を止めた。いつもとはまるで別人のような形相の友人に、驚きを隠せずに。
常に自信に満ち溢れていたヘーゼルの瞳は、前髪がつくる陰と何らかの苦悩によって、すっかり輝きを失っている。元より白い頬は血色の悪さのせいか青白く見え、モノトーンの装いも相まって、彼がもつ生来の美貌は今この瞬間も翳っていくばかりだ。
最後に会ってからたった数日で酷くやつれてしまった友人が隣に座るのを見届け、浄善はしみじみと言った。
「幽霊は美人なほど怖いよね」
「何の話ですか?」
言いながら隣を向いた雄士は、思わず眉をひそめた。浄善のトレードマークである丸眼鏡のカラーレンズが、いつも以上に目に眩しかったのだ。
ペールピンクのダブルスーツにワインレッドのドレスシャツを合わせた今日の装いを含め、ファッションにこだわりがない雄士にとって、彼のセンスはどうにも奇抜に思える。
けれど不思議なことに、一緒に居て恥ずかしいと感じたことはない。目立ちたがり屋のチンピラのような装いでも、何故だか彼が纏うと洗練されているように見えてしまうからだ。
浄善本人に焦点を合わせると、その理由がはっきりとわかる。
一つに束ねられた艶やかな黒髪、きめ細やかな白い肌、薔薇色の唇、すらりと長い手脚──彼が備える美貌に気づいていないのは、彼の知り合いの中では雄士くらいのものである。
雄士自身もまた類稀な美貌の持ち主ではあるが、浄善の容姿に対してとくになんの感想も抱いていないように、自分が他者の目にどう映っているかなんて気にしたこともない。
そもそも雄士にとっての美貌の定義──殊に男性に対してのそれに、顔立ちの良さは含まれていないのだから当然だろう。
第一声での「幽霊」発言について本人からの説明はないようだと悟ると、雄士はカウンター越しにドリンクを注文した。
静かな乾杯と同時に、浄善が話題を切り出す。
「駅のホームできみを見かけて手を振ったんだけど、まったく気づいてなかったよね? きみにしては珍しいなと思って」
「そうでしたか……」
浄善にしては珍しい急な誘いの理由がわかり、雄士は少しほっとした。
他愛のない会話でやり過ごすこともできたが、こんな状態で誘いに乗った以上、やはり心のどこかでは、浄善に聞き手の役目を期待していたのだ。
「恋人が自殺しました」
感情を抑えて言ったつもりが声がひどく震えてしまい、雄士は思わず顔を歪めた。胸を覆い尽くした絶望は、もはや隠しきれそうもない。
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