7 行動を開始

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7 行動を開始

   現在は、進学を諦めたとき急いで探した就職先に勤め、会社の社員寮に住んでいた。この生活はなに不自由なく、職場もアルファがいない。最高に良い環境だった。  会社は紙製品の大手で、そこの工場勤務。アルファは本社にはたくさんいると聞いたが、このような実務作業の現場にはいるはずもない。ベータの人たちは優しく就職が難しいといわれるオメガにも待遇が良い。  オメガは三ヶ月に一度ヒート、いわゆる発情期で一週間働けなくなる。  そんなオメガが責任ある仕事などできるはずもなく、社会で必要とされないことが多いと聞くが、ここなら誰がやっても誰が抜けてもかまわない。要は人員さえ確保できていればいいということで、オメガは沢山のパート、社員として働く人も少なくない。給料は最低限だが保証もあるし、とにかく生きていける。オメガにとっては最高の環境だった。  学の無いオメガは性的な仕事も多い中、こういった肉体労働は有難い。それもあって両親は就職を許してくれた。  会社がオメガを沢山雇うのは安い人員確保もあるだろうが、本社勤務のアルファがオメガを探す場としても利用されている。たまに工場見学にくるアルファがいるし、定期的にオメガはパーティーの誘いもある。  うまくいけば寿退社だ。  もちろんながら、俺はそれを望まないのでパーティーには参加したことないし、このかた誰かとお付き合いをしたこともない。姉の彼のことがあってから、どうも誰かとどうにかなりたいとは思わなくなった。自分は普通に女の子と恋愛するのか、はたまたオメガとして発情期を経験したら、やはりアルファの男を欲しがるのだろうか、そんなことを考えていた高校時代が懐かしい。  どうしたって、たった一人の運命を知ったオメガは、他を選ぶことなんてできなかった。幸い、そういう環境下にいないので問題なかったが、仮に誰かに誘われようが誰にも応じないという自分しか想像できなかった。  できることなら、誰とも付き合うことなく、一生ここで勤務して年をとっていければいいと思っていた。それなのに、たった半年で早くも試練がきたのだった。  高校時代、オメガの友人に相談した運命を感じない方法。それは(つがい)を得るか、妊娠するか。  俺の選択肢はひとつだけ、妊娠しかない。  アルファと(つがい)になるのは絶対無理だった。  それはもうすでに自分のアルファはあの運命の彼だけだったから。運命を知ってしまったオメガのサガなのだろうか? 彼というアルファ以外に抱かれるのさえも絶対に嫌だと頑なに思っている自分に驚くが、仕方ない。レイプしようとしたアルファの香りを嗅いだときに、 悟ってしまった。運命の男以外のフェロモンはもう受け付けない体になったと。だから、寝るならフェロモンを出さないベータという選択肢しかなかった。  (つがい)が無理なら答えはひとつ……姉の結婚式に妊娠さえしていればいい。期限は半年。それまでに孕まなければ。  そう思い、何をするかを悩んだ。  就職してから、仕事以外していなかった。高校時代の友人にたまに誘われて遊びに行くのと、姉とは定期的に外で会っていた、それくらい。両親とは電話で話すが、あれから一回も実家には帰っていない。もし実家に入ってあの男の匂いでも感じてしまったら、せっかく家を出た意味がなくなる。  職場の人間とはもちろん話すが、他愛もない話をするだけで積極的に関係を深めてはいなかった。高校時代と違って、社会に出たオメガのやるべきことは早く(つがい)を探すこと。だから話が合わなかった。休日もアルファとの合コンが頻繁にあるみたいでそこに参加することはなかったから、まわりからは異質なオメガに見られたのだとも思う。みんな大人だ。だからといっていじめをするということもなく、仕事中は楽しく過ごしていた。  そんな社会人をしていたからか、いざ行動に移すときにどうしていいのかわからない。仕事中、いつも隣で作業をしている同僚のオメガに、昼休みに社食で話をしてみた。 「いきなりなんだけどさ、今って付き合っている人、いる?」 「えっ?」  隣のかわいらしいオメガの男は、驚いていた。聞いちゃいけないことでも聞いたのかな? 「あっごめん。答えたくなかったら答えなくていいけど……」 「いや、そうじゃなくて。三上君がそんな種類の話をする人だとは思わなくて……あっ、失礼だったらごめん。僕は今フリーだよ」  いつもプライベートはおろか色事の話なんかしたことない。するのは仕事についてだけだった。そんなつまらない同僚から、聞かれたことも無いようなことを聞かれたら驚くのもわかる。しかし同僚は優しく答えてくれた。 「いや、いいんだ。こっちこそ突然ごめん。その……誰かと付き合ったことってある? どういうところに行けば出会いがあるのか、教えてもらえると助かる……」  あまりにキャラではないことを聞いている自分に恥ずかしくなった、そのせいか語尾が小さくなる。 「三上君はひょっとして彼氏、欲しいの?」 「彼氏というか、その、セックスしてみたいんだ……ひいた?」 「ううん。オメガだもん、気持ちはわかるよ」  その彼は微笑んで、引かずに話を聞いてくれた。 「まずは誰かと付き合うよりも、体の疼きを解消するのもオメガには大切なことだもんね。そのうちとってもいい相性の人が見つかるかもしれないし、付き合いたい人に出会えるかもしれないし」 「そ、そうだね」 「僕が良く行くバーに、一緒に行ってみる?」 「え、いいの?」 「もちろん!」  そしてその日の仕事の後、彼の行きつけのバーに連れて行ってもらった。
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