佐藤と鈴木について

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「佐藤さん(仮名)と鈴木さん(仮名)見てるから!」  ぐい。と、両手で一青を押しのけて翡翠は言った。別に無理強いをするつもりもなかったのだろう。押しのけられるままに(けれど、翡翠の腰にはちゃっかり手を回したまま)一青は少しだけ顔の距離は離してくれた。 「アレか……」  迷惑そうな顔を隠しもせず、ちらり。と、一青が視線を向けた先には、スーツ姿の男が立っている。二人の進行方向からは距離にして30mほど後方。お揃いのサングラスにインカムの二人組。黒っぽいスーツが、ポップでカラフルなジェラート屋の立て看板に隠れるようにしているのが不釣り合いすぎてシュールだ。  あんまりそっくりでどちらが佐藤さん(仮名)で鈴木さん(仮名)なのかは判断がつかない。と、いうか、もし別の人に入れ替わっていたのだとしても気付かないだろう。その仮名は彼らがはじめ翡翠に挨拶に来て名乗ろうとしたとき、一青が『そんな人たちのために翡翠の大事な記憶の容量を使う必要はない』と、一刀両断して、『佐藤と鈴木でいい』といったことに由来している。 「ウザったい」  ウザい。と、略さずに口にしたのが本気を感じさせる。 「仕方ないよ。あの人たちも仕事だし」  オールドタイムと呼ばれる魔の日曜日以前の時代に、確かあんな服装をした二人組のエージェントが宇宙人相手にドタバタする映画があった気がする。まんまの黒スーツの二人組は宇宙人ではないが、異形や特殊な能力を持った犯罪者に対処するための組織のエージェントという意味では似たようなものかもしれない。  彼らは魔法庁の職員だ。  魔光を有する人間の台頭で一般の人々の犯罪は減少した。魔光を持ち、特殊戦闘に長けた者たちが犯罪抑止のために警察に配属されたためだ。たとえスレイヤーの基準に届かない者でも一般人相手の警らであるなら圧倒的な力を発揮する。  しかし、スレイヤークラスの能力を持った者の犯罪に対処するには同じくスレイヤーとしての資格を有するものが必要になる。もちろん、警察組織には特殊能力犯罪対策課が設けられて、多数のスレイヤーが所属しているが、日常生活における犯罪の範疇を大きく逸脱するような犯罪、さらに言うならテロ行為に対応するのは自衛軍。その中でもゲートに関する事案に対処するのは魔法庁の管轄だった。 「まさか人型ゲートを放置はできないだろ?」  新しく確認・登録された人型ゲート、つまりは翡翠を監視(彼らの言い方で言うなら警護)するために彼らはああやって四六時中翡翠の行く先について回っているのだ。 「……それは、わかってるよ」  もちろん、そんなことは一青にも分かっているはずだ。  いや、人型ゲートの希少価値や経済的・社会的・軍事的価値についてはゲートキーパーの一青の方がよく分かっているだろう。正直な話、法律を盾に首都の魔法庁施設に収監されてもおかしくはない。それをしないのは、魔法庁の長官である成願寺国政が一青の性格を知り尽くしているからだ。  翡翠を無理矢理に閉じ込めようとしたら、一青はたとえ国家の命令でも何一つ指示には従わなくなるだろう。実際に翡翠を守ってくれるはずの職員にすら怖いくらいの塩対応だ。 「でも、邪魔」  不機嫌この上ない表情が物語っている。  お前らの指図は受けない。  と。
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