佐藤と鈴木について

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「ごめんな? 俺一人で守るなんて。言えなくて」  二人組の男から翡翠に視線を移すと、その表情は一変した。途端に視線に優しい色が浮かぶ。  翡翠は人型ゲートとはいえ、認定は非公開で実質なかったことになっている。救出作戦に従事したスレイヤーには箝口令が敷かれている(守られていないことは翡翠自身が実際に耳にしているのだが)から、おおよそ一般人にはその素性を知られることはない。  しかし、アンダーグラウンドの組織となれば話は別だ。 「『あいつら』はそんな甘いこと言える相手じゃない」  翡翠を飼っていた組織。一青が口にするのを憚ったのは『黒蛇』と呼ばれるアンダーグラウンドのスレイヤーズギルドだ。高い能力を持ちながら様々な理由で闇落ちしたスレイヤーや能力者が多数在籍し、恐ろしく頭の切れる代表が絶対的な力で統括している。警察も自衛軍も魔法庁もその撲滅に心血を注ぐ仇敵であり、恐怖の対象でもあった。  犯罪と名のつくものならあらゆるものに手を染める彼らの闇は深い。国益と言えるほどの価値を持つ翡翠のゲートを奪われるのは、大きな損失になっているはずだ。しかも、それは利益だけの問題ではなく、メンツの問題でもあった。舐められたら終わりの世界だ。所有物を奪われて、たとえその相手が国家だったとしても黙っているはずがない。 「必ず翡翠を取り返しに来る」  ドームの中に入るには政府発行の国民番号が必要になる。だから、外よりは安全だ。  そして、恐らく黒蛇が人型ゲートを囲っていたことも、それを奪われたことも、もうアンダーグラウンドの世界では周知の事実になっているだろう。黒蛇に対抗する組織も翡翠を狙ってくるのは想像に難くない。そうなれば、お互いに牽制しあうことである程度は抑止になるかもしれない。  それでも、危険なことには変わりない。 「……でも、翡翠をどこかに閉じ込めておきたくない」  ぎゅ。と、翡翠の手を握り、一青は歩き出した。 「ガキみたいな我儘だけど、翡翠といろいろなところに行きたいし、いろいろなことやりたい。  あれのことは、ちょっと考えがあるから、もう少しだけ我慢して?」  首を振る仕草で魔法庁の職員を指し示してから一青が言う。その仕草にちら。と、佐藤と鈴木を見ると同じ距離を保ったままついてきていた。 「俺は大丈夫」  ぎゅ。と、翡翠はその手を握り返す。一青の気持ちが嬉しい。負担になりたくないと思うし、正直黒蛇は怖い。けれど、安全だからと言って首都に閉じ込められるのも嫌だった。  翡翠のエレメントは風だ。自由に世界を駆ける性を持つ。今は無理でもゲートが安定したらスレイヤーに復帰して一青と一緒にどこにでも、どこまでも行きたい。人型ゲートでありながら、自由に活動する波賀都が翡翠の目標だった。  きっと、一青はそれも理解してくれている。  暴力で支配されて、知識を得ることすら許されず、意味も分からずに流されるのはもう嫌だ。それでも、ゲートのことも魔法庁のことも理解しきれていない今は一青に従うのが一番いい。誰かに命じられるのではなく、自分でそう決めた。 「一青のこと、信じてる」  気遣ってもらって、理解してくれて、そばにいてくれて嬉しいという気持ちが溢れるように頬が緩む。呪いがかけられていた時と違って、自然に笑えていると思う。その表情を向けると、一青も本当に嬉しそうな笑顔を返してくれた。 「……あー。マジであれ邪魔だな。いなかったら今すぐ抱きしめるのに」  歩きながらそっと、内緒話をするように耳元に顔を寄せて一青が言う。悪戯っ子のような笑顔が可愛い。 「じゃあ、寄り道しないで帰る?」  だから、翡翠も内緒話のように囁いた。
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