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6
それは、セナが十八才の頃の話。
その日、郷市の屋敷ではパーティーが開かれていた。様々な思惑が透けて見える大人達の集いに悪酔いしそうになり、セナがパーティーを抜け出し自室に戻ると、閉めた筈のドアが開いていることに気がついた。
閉めたはずなのにおかしいと思いながら、開いたドアの隙間から中を覗くと、部屋の中に誰かが居る事に気づいたという。
開かれた窓に掛かるレースのカーテンが揺れ、窓の向こうに見える月が煌々と男を照らしている。セナが騒ぎもせずに部屋の入り口に立ち止まってしまったのは、男が上質なスーツを身に纏い、立ち姿もすらりとして、暗がりだというのに気品すら感じ取れたからだ。
招待客が、間違えて入ってしまったのだろうか。
セナは一瞬、そう思った。郷市の屋敷は広く、時折、酒に酔った客人が、手洗いを求めて二階まで来たこともあったし、子供が遊んでいて迷い込む事もよくある事だった。
「あの、」
しゃんとして見えてこの男も酔っているのかもしれない。見たところ、自分より少し年上のように見える。彼も接待で飲まされ、風を求めてふらふら歩いて、この屋敷の中を彷徨っていたのかもしれない。セナはそう勝手に解釈し、声を掛けようとドアを開けた、その瞬間、世界が回った。
「…え?」
気がついたら部屋の中に引き入れられ、セナは床に突っ伏し、腕を背面に捻りあげられていた。
「この少女と知り合いか?この子の名前はなんだ」
そう言って、男は棚の上に置いてあった筈の写真をセナの顔に近づけた。セナは訳が分からず、写真から顔を上げて男の顔を見ようとしたが、それは叶わなかった。腕は痛くはないが、ちょっとでも男の意に反する行動をすれば、掴まれた腕が複雑に折れ曲がる予感がする。その恐怖に、セナは顔を上げることが出来なかった。
「あ、あなたに教える義理はありません、」
だが、だからといって、訳の分からない男に少女の情報を渡す気にはなれなかった。例え彼女の情報をセナ自身も求めていたとしても、もし彼女が生きていた時、自分が話した事で彼女に不幸な状況を与えてしまったら敵わない。話すなら、この男が信用に価するかどうか確かめなければならない。
セナの意志が通じたのか、それとも、男も情報を得ようと必死だったのか。男は自分の胸ポケットから写真を一枚取り出すと、簡単に自分の正体を明かした。
自分が犯罪組織の人間であること、ここには郷市と仕事の取引をするために来たこと。仲間が話し合いをしている間、男は家の中を見て回っていたようだ。弱みでも探しに来たのか、この家に何らかの細工を仕掛ける為の下見なのかは分からなかったが、セナの部屋で少女の写真を見つけ、彼の中でもう一つ役目が出来たと言った。
その男にが、クエドだった。
それから、セナはクエドから、柳路陰と郷市の家の関係を聞いたという。
セナの話を聞いて、彼女は柳路陰の名前を呟いた。その名前には、聞き覚えがある。
「柳路陰って確か、悪事を暴かれて一家心中したていう…」
「はい。ですがそれは表向きの話。彼らは無実の罪を被せられ、殺されたんです」
「…え?」
「そしてあなたは、その家の娘。あなたの名前は、柳路陰シュリエです」
「……は?」
思いがけずに自分の正体を教えられ、彼女は理解が追いつかずに固まった。
自分が、あの名家だった柳路陰の娘で、それが、誰かの罪を被って命を奪われたなんて。
突然そうだと言われても、何もかもが遠い出来事のように思えて、受け止められそうになかった。
「この写真の少女がそうです、僕たちは幼馴染みなんですよ。そして、クエドは僕の部屋にあったこの写真を見て、幼い頃のあなたではないかと気づいたと言いました。だから、この写真を見せて、僕に正体を明かしたんです」
そう言ってセナが取り出したのは、数年前の彼女が写っている写真だった。変装している時のものとは違う、それはクエドだけに見せた、とても柔らかな笑顔を見せたものだった。
「この写真を見て、クエドの話を聞いて、信じてみようと思ったんです。クエドはずっと、あなたの帰る場所を必死で探していたんです」
その言葉に、彼女は戸惑いに瞳を揺らした。クエドとは色んな話をした、未来の話もした。それでもまさか、自分の過去を探していたなんて、彼女は思いもしなかった。
言葉を失う彼女を見て、セナは二枚の写真に視線を落とした。彼女の過去と現在の姿がそれぞれ写っているが、この写真の向こうにはクエドがいる。
セナは友人の姿を思い浮かべ、懐かしそうに、そして悲しそうに表情を緩めながら、話を続けた。
柳路陰家は、代々続く政治の家系で、セナ曰く、彼女の父親は部下や街の人々からの信頼も厚く、いずれは国を背負って立つ人物になると、誰もが厚い期待を寄せていたという。だが、そんな彼に、私欲の為に人々を騙して金を奪っていたというような話が突如と沸き起こった。初めは街の人々も、そんな話はでまかせだと信じなかったが、どこからか吹き込まれる妙に信憑性を持った話に、次第に疑いを深め、噂はいつしか真実とされてしまった。
柳路陰家は街の人々から糾弾を受け、それに耐えきれなくなったのか、家は火事で焼け落ち、一家は命を落とした。表向きは一家心中とされていたが、本当は殺人の上の放火だった。
柳路陰の被せられた罪というのは、全て郷市の家が行っていたもので、郷市が柳路陰に罪を被せて命を奪ったという。それを実行したのは、彼女やクエドが属する犯罪組織の者だった。郷市は犯罪組織と、深い繋がりがあったようだ。
郷市の家は柳路陰の後釜となり、その地位や権力、信頼までを奪う事に成功した。その当時、セナは柳路陰の人々の命が消えたことにショックを受け、悲しむ毎日だったという。その頃はセナも幼く、まさか自分の義父が彼らを死に追いやったなんて思いもしなかった。だがその後、セナは義父に対して疑惑を感じ始めたという。彼女の遺体だけ見つかっていないという話を、義父が誰かと電話で話しているのを偶然耳にしたからだ。だが、それでもセナは真相を突き止めることは出来なかった。クエドと出会えた事で、真実を知ったようだ。
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