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ーーー千冬が高校1年生の夏。
社会人1年目になったばかりのゆうりは、久しぶりに実家に帰って来ていて、3人で夜ご飯を食べていた。
夕食後、千冬が突然『あのさぁ』と口を開いた。
本当は薬剤師になりたいとずっと思っていた。
でも自分は頭が悪いから、そんなこと言ったら無理だとバカにされると思っていた。
薬学部なんてお金がかかるし、うちにはそんなお金はないし、無理だと思っている。
だから、お金を貯めてから自分で学校に通うから、高校を卒業したら働きたい。
その話を聞いた母は激怒した。
『なんで最初っから言わないの!千冬はやればできる子なんだから。まずは、自分のやりたいことのために、本気で頑張ってみなさい。受かったら将来に向けて頑張りなさい』
『でも…お金は…』
『子供はお金のことなんて心配しなくていいから。お金が無いからって、将来のことを諦めるのは、お母さんは違うと思う』
父が亡くなったのは、ゆうりが12歳、千冬が5歳の頃だった。
会社で急に倒れて救急車で搬送されたが、間もなく死亡が確認された。
急性心筋梗塞だった。
千冬はあまり覚えていないかもしれないけど、父の眠った青白い顔が今でも鮮明に思い出される。
亡くなった患者さんを見るたびに、父のその姿が脳裏に浮かぶ。
父の死を経験してから、ゆうりは医療への道を進むことを決めた。
看護師になりたいと思ったのは、父の側で泣くゆうりにそっと寄り添ってくれた看護師さんの温かさが忘れられなかったから。
あの時の看護師さんは、今どこで働いているのかは分からないけど、自分もあんな風に、何も言わずとも誰かの支えになれる人になりたい。
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