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びっくりした表情から取り繕うように裕樹はぎこちない笑いを浮かべて、気を取り直すようにコーヒーにもう一度口をつける。高円寺がお冷を注ぎ足しに席の方に回ると、
「はは、なんかすみません。急ぎの用事だったみたいですね」
と裕樹が小さく言うので、高円寺は黙って頭を下げる。
裕樹が「ふう」と息を吐きながら腕を引いた衝撃で椅子に置いてあった「Casa・de・Moriya」の袋が床に落ちた。
高円寺が屈んで拾い上げると「ありがとうございます」と受け取りながら「結婚するんですよ、俺たち。十月に隣の式場で」と続ける。
「そうですか。おめでとうございます」
高円寺は立ち上がる。
「あ、ありがとうご……」
「と、言いたいところですが」
「……?」
「一つ、お聞きしたいことがあります」
「はい?」
「本当に結婚するおつもりですか」
ほっとしたように笑みを浮かべていた裕樹の表情が固まる。
「……は?」
いつの間にか、入口には先ほど出ていったはずの優実が戻ってきたようで棒立ちしているのが見えた。裕樹は気が付いていない。
優実の隣には切羽詰まった顔で並ぶスーツ姿が。ダークブラウンの髪をポニーテールに束ねている。右頬には見覚えのある、星座のように連なるホクロが。彼女の胸のバッジには「中野春子」と書かれていた。
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