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「さっきの説明だってそう。ファーストバイトの説明。なんの違和感もないわけ? 私はありありだよ。私は裕樹のご飯を作るために結婚するわけじゃない。仕事だって続けたい」
「あれはただの由来だし、話のネタだろ? そんなムキになるような話か? 仕事は続ければいいじゃないか。結婚したからってやめる理由は……」
「そういうことじゃなくて。この調子だと結婚後、仮に子供が生まれたりして、育休は当たり前のように私がフルで取得して、家事も育児も当たり前のように私がやるみたいに、裕樹が思い込んでいるように思えるの」
「そんな風には思ってないよ。優実が仕事好きなの知ってるし」
「本当にそう思ってる? 言葉の端々に出てるよ。もう、よくわかんなくなってきたよ」
そう言い残し、優実は店を出て行ってしまう。
裕樹は立ち上がり慌てて優実の後を追いかける。「Casa・de・Moriya」の袋は席に残されたままだ。
どうしたものだろうか。春子はがっくりと肩を落とす。ようやく漕ぎ着けた貴重な成約が――視線の先には、先ほど二人が残していったカップを片づける男の姿が。よく見ると、胸には「ハルミチ珈琲店主・高円寺春道」と名前が書いてある。
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