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Koenji [2]
翌日、閉店時間の六時になっても、空はまだやや明るい。「ハルミチ珈琲」の看板を店内へと運び入れようと花壇をよけていると、ふと気配を感じ、顔を上げると、そこには石渡裕樹が立っていた。
「昨日はお騒がせして、申し訳ありませんでした。あの、お会計を置いていくのを忘れてしまって……すみません。今日は、それを支払いに」
硬い表情で頭を下げる裕樹に、高円寺は「どうぞ中へ」と店内へといざなう。
「あ、でも閉店作業をされていたんじゃ……」
言いかける裕樹の言葉を無視して、高円寺は店内へと進む。
「どうぞ」
高円寺は裕樹にカウンター席へ座るように手を差し出す。
「あの、昨日のお会計を」
財布から千円札を取り出そうとする裕樹に高円寺は続ける。
「お酒はお好きですか」
「はい?」
裕樹はポカンと口を開けたままだ。
エスプレッソを抽出しウイスキーを手元に用意する。氷で冷やしつつ、生クリームを軽く泡立てた後、グラスに注ぎ入れる。
「これは……」
「アイリッシュ・コーヒーです」
一口飲むと、みるみるうちに裕樹の表情はほころんだ。
「濃い目のエスプレッソの苦味とウイスキーの香りが調和して、とても美味しいですね」
「気に入ってもらえて、よかったです」
「メニューにはないようですが」
「はい、メニューにはありません。気分で出すもので」
そう言うと、高円寺は片付けの続きを始める。裕樹は高円寺の言葉に口をきゅっとやって、話し始める。
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