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「ええ、飼ってたわ。学生のとき」
「やはり、そうでしたか」
「でもね、死んじゃったの。すごく悲しかった。だから、あんな思い、二度としたくなくて、犬と一緒に暮らすのが本当はつらいのよ」
「そうだったんですね」
「だからね、正文はわかってないかもしれないけど、正文がムギと一緒にいたいって気持ちは痛いほどわかる。私だって好きだもん、ムギのこと。でもね、その裏返し。一緒にいればいるほど、つらくなるものだから……ちょうど、向こうの実家のご両親が引き取りたいって話が出てるの。だから、そうしたほうがいいんじゃないのか、って思ってる」
「その思い、正文さんには伝えましたか?」
「言っても、何かが変わるわけじゃない……まあ、正文のご両親は都内だし、もしムギを預けたとしても会いに行けない距離じゃない。そのうち、しびれを切らして、向こうのご両親から正文に連絡が入るだろうし、そのときに正文も折れるんじゃないかって予想してる」
「そう、ですか。でも、もしそうだとしたら、結婚をやめる、というか式場をキャンセルする必要はないのでは……他に何か」
春子の言葉に奈美恵は俯く。
「まあ、色々ね」
「……」
「とにかく、キャンセルについてよろしくお願いします。期限と費用についてメールください」
そう言うと、奈美恵はサッと立ち上がり、足早に店を出て行ってしまった。
同時にポケットの中のスマホが震える。
翔真だった。
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