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途方に暮れていると、右手から気配が。奈美恵がこちらへ戻ってきたのだ。
「忘れ物を……」
すでに紙袋を手に持っている春子の姿を見て、奈美恵は目を合わせ、ゆっくりと息を吐く。春子は頭を静かに下げた。
ハルミチ珈琲の前のベンチに腰をかけると、奈美恵は話し始めた。
「元々仕事一筋で、出産どころか結婚すら、あまり考えていなかった人生でした。管理職になって、部下の育成や責任とか、精神的な負担も多くて、外資系企業だってこともあるけど、いつクビになるかわからない。頑張れば成果を評価されるしお給料も高いけど、その分そこには熾烈な競争が待ってる。その中で走り続けなければいけない。正直、仕事だけで精一杯です。それ以外のことなんて、考える暇などありませんでした。
でも、自分の年齢を考えたとき、もしかしたら本当に最後のチャンスかも、と思って検査を受けたんです。そしたら、不妊の傾向があって。正文はそれを承知でプロポーズしてくれました。子供はどちらでもいい、最初からそういう考えだったって正文は言ってくれました」
春子がじっと聞いていると奈美恵は先を続ける。
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