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「この世に全く同じ価値観の人なんて、存在するとお思いですか。お金の考え方、服装の好み、食事の嗜好、受けてきた教育、仕事に対する向き合い方……みな、違う人間なのですから異なることは当たり前です」
「それじゃあ……」
「大事なのは、相手と価値観が異なるということを大前提として受け止めることです。たとえ、どんなに親しい相手であっても。その上で話し合い、認め合い、時にはぶつかり合って、その価値観をどこまですり合わせられるか。結果、どちらかの価値観に合わせることになったとしても、話し合うという過程が物凄く大切なんです。まずは相手が何を思っているかを知り、自分が何を思っているかを共有することから始めてみるんです」
高円寺の言葉に裕樹はゆっくりと息を吐いてから続ける。
「怖いんです。他にもなかっただろうか。知らず知らずのうちに、優実をがっかりさせていたこと、優実の気持ちを理解できていなかったことが他にもあるんじゃないかって。四年間、俺はずっと何をやっていたんだろうか。優実の何を見ていたのだろうかって不安になってしまいました。急じゃないって優実、言ってたから、きっとその度にサイン、出してたんだと思います。今までも」
「イタリアにはこんなことわざがあるそうです。『口に出さなければ神様も聞き届けようがない』」
高円寺が口を開いた。
「え?」
「日本では『以心伝心』などと言いますが、口に出して意思表示しなければ伝わらないということです」
「はあ……」
「相手のサインを見抜くことは常に簡単なわけではありません」
グラスを持ち上げ最後の数滴を飲み干すと、裕樹は前へ向き直る。
「俺、話してみます。優実と。ちゃんと」
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