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Haruko [1]
「はい、次の打ち合わせの予約の変更でしょうか? はい……え、えーっ! け、結婚をやめる?! キャンセル? そんな急に、どうしてですか」
事務所に響き渡った中野春子の声に、全員が振り向く。
「中野さん、何かあった? 大丈夫?」
森谷マネージャが心配そうな顔で覗き込んでくるので、震えた手でスマホを持ちながらかろうじて顔をあげる。
「先ほど打ち合わせをしたお客様なんですが、えっと……新婦の優実さんの方から結婚をやめるかもしれないので次回の打ち合わせはちょっと待ってほしいと電話が……」
横で聞いていた先輩の渋谷さんが眉毛をピクリとさせ、ゲッという表情で黙って首をすくめる。渋谷さんは五つ年上の男性プランナーで、元々春子の指導係だった。
「入籍は彼女さんの誕生日に入れる予定だったそうで、再来月とおっしゃっていたのですが……とにかく、まだ近くのカフェにいるみたいなので、私、行ってきます!」
「中野さん?!」
森谷マネージャの引き留める声も聞かずに、春子は勢いよく事務所を飛び出した。
ここ、カーサ・デ・モリヤのウェディングプランナーとして働き始めたのは一年前。カーサ・デ・モリヤはゲストハウスの結婚式場だ。東京駅まで約三十分というアクセスを持つ吉祥寺にある、都内でも有数の緑豊かな大規模公園のすぐ横に位置する。便利さを兼ね備えながらも、麻布や六本木、青山などの都会感とはかけ離れた、まるで東京にいることを忘れさせてくれるような自然豊かで落ち着いた雰囲気が人気だ。
入社後、ウェディングプランナーの仕事の内容を先輩の渋谷さんに懇切丁寧に教わってきて、ようやく一人でお客様を持てるようになったのがこの頃。ところが、ブライダルフェアや予約相談で来たお客様をどんなにフォローしてもどうしても成約まで至れず、ここ数か月の成績は悲惨な結果に。やっとのことで掴んだお客様だった。
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