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Haruko [2]
本当に結婚するおつもりですか――。
中野春子は呆然としていた。何を言っているのだろうか、この男は。
一瞬、目が合った。その背丈もあってすっとした鼻筋が他の人を見下ろしているよう。思わず惹きつけられるその瞳に吸い込まれそうになり、気を取り直しブンブンと頭を振る。
男は春子と優実が入ってきたことに気が付いているが、裕樹は背を向けている恰好でまだ気が付いていない。
「ど、どういう意味ですか」
動揺して問う裕樹を置いて、男はカウンターの中へスッと戻ると、何食わぬ顔でカップをクロスで拭き始める。カップを拭く手つきは滑らかで、優雅でさえある。男はここの店主らしい。
「一体、どういう……」
「あなたが当たり前だと思っていることは、彼女にとって、当たり前ではないということです」
男の言葉に裕樹はポカンとした様子。ややあって、ようやくこちらを振り向いた裕樹が目を丸くする。
「優実、戻ってきたのか……」
「裕樹……その人の言う通りかも。私、本当に裕樹と結婚していいのか、わからなくなってる」
裕樹は立ち上がって優実の方へやってくる。
「……ちょ、どういう意味だよ」
二人のやり取りが聞こえているはずなのに、店主の男は素知らぬ顔でカップを拭き続けている。
「お二人とも、落ち着いてください。まずはお話を……」
春子の声は届いていないのか、裕樹は声をあげる。
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