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「なんだよ、急に……」
「急じゃないよ。本当はずっと、ずっと前から違和感があった。それは小さすぎて違和感なのかどうかも、自分でわからないくらい、見逃してしまうような……でも、さっき話してやっぱり違うのかも、って思ったの」
優実はそう言って目を伏せる。
「さっきって、なんだよ。もしかして、マリッジブルーか?」
「は、何それ」
「もしかして苗字のことか? 変わるのが嫌なのか? でも、仕事では旧姓を使えばいいだろう。今はそういう理解だって職場にあるだろうし、そんなに難しいことじゃ……」
「違う。難しいとか、そういうことじゃないの」
「じゃあ、なんなんだよ」
「裕樹は、苗字を変えるのが私の方だと当然のように思ってる。そこには一度もなんの議論もなかった」
「それは……」
「なんで、あんなクッソめんどくさい手続き、私だけが当たり前のように引き受けなきゃいけないの?」
クッソ、という言い方に衝撃を受ける。あんなにも可愛らしいイメージの優実が発する言葉づかいには思えない。
「銀行口座も、クレジットカードも、パスポートも、何もかも、全部手続きし直さなきゃなんないの。仕事で旧姓が通るからいいじゃんって、そんな話じゃないんだよ。使い分けるのだって正直面倒だし」
「じゃあ、俺が婿養子になれっていうのかよ。そんなのできるわけ……」
「なんで? なんで私は何も言わずに苗字を変更しなきゃいけなくて、裕樹は問答無用で婿養子にはなれないって言えるわけ? しかも、そういうことじゃないの。どちらかが変えないと結婚できないにせよ、まあその制度もおかしいけど。でも、現時点ではそうしなくちゃいけないにせよ、そこに議論がほしかったんだよ。当然のようにそう思ってる、裕樹の感覚が嫌なの」
「……」
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