第1章 仕組まれた再会

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 そんな風に全てを諦めた人生の中で、ほんの少しだけ安らげる時間が、まさに武彦のためにパンを買うために自転車を漕いでいる時間というのは、何という皮肉なのか。  家計用の財布の中身もしっかり把握されているため、私が欲しいパンすら買う事が許されない。  私にできるのは、パンの香りを嗅ぎながら他のパンの味を想像するだけ。  それでも、武彦の規則正しい睡眠のために用意された、ラベンダーのポプリの香りに満ちた部屋にいるよりは、ちっとも惨めじゃない。  誰かの視線を気にする事なく、風を切って自転車を漕いでいると、このままどこかへ行ってしまいたくなる。  昔の映画で、自転車を漕ぎながら空を飛んでいる少年のシーンを見た記憶が蘇る。  いつもであれば、ただ脳内で飛んだイメージを浮かべるだけだった。  目は開いていて、確かにいつもの景色を見ているのに、別の景色も同時に見ているという状態。  だけど、どうしてだろうか。  いつもだったらそれだけで満足なはずなのに、今日だけは違った。  まだ帰りたくない。  ずっと走っていたい。  このまま飛び去ってしまいたい。  そんな気持ちが「早く帰らなければ」という恐怖を打ち消してしまう。  いつも、私は川沿いを少し急ぎ目で走る。  次、橋が見えたら渡って、坂道を登ればあっという間に家に着く。  でも、今日は橋を渡りたくなかった。  そのまま私は、橋の手前で自転車のハンドルを切ろうとした。  このまま漕ぐスピードを早めれば、本当に飛べるんじゃないか。  自由になれるんじゃないかと思ったのだ。  でも、それを邪魔する者が現れた。 「何をしてる!?」  えっ!?  私は驚いた。  その声は、もう一生聞くべきではないと思っていた声だったから。   「……どうして……先生が……ここに……?」  ようやく私が口を開けた時、私は地面に横たわっており、強い力で抱きしめられていた。  自転車は川原に落ちていて、パンは川に乗ってどこかへと流れて行った。
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