第2章 ただ見つめ合っただけでも罪なんですか?

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 先生が、私に関することで嬉しいと言った。  そう考えた瞬間、私の顔は一気に熱くなり、さっき以上に脇や背中、首筋から汗が流れ始めた。 「そうですか」  身体の反応とは裏腹に、私の声はいつもよりずっと冷たく響いた。  ああ、これでもう先生との会話は終わりかな。  授業以外で先生と話した最初がこれなんて、と後悔の言葉が私を責め始めた。  でも、ここで話は終わらなかった。 「そしたら池脇さんに頼みがあるんだけど」 「えっ!?」 「嫌かな?」 「そ、そういうわけじゃ……」  嫌ではない。ただ、驚いただけ。  授業以外では、まるで接点がない先生と私。  他のきゃぴきゃぴ生徒たちのように、前のめりになってまで、自分のことを覚えてもらおうとはしてこなかった。  だから私は、先生にとってはエキストラ同然の存在なはずだと思っていた。  そんな私が先生に頼られた。  嬉しいと、素直に思った。 「先生がどうしても私じゃなきゃ嫌だって言うなら、行ってあげても……」  口では素直に行くと言えなかった。  素直に誰かに従うということは、負けることであると教わってきたせいかもしれない。  自分で自分に言い訳を繰り返したが、それでも先生が「池脇さんが良い」と言ったことで、全部がどうでもよくなった。  私が先生に選ばれた。  そんな優越感と源氏物語の小説を持って、先生の後ろを気持ちほんの少し誇らしげに廊下を歩いた。  入学してから初めて、もっと廊下が長ければ良いのにと思った。
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