第2章 ただ見つめ合っただけでも罪なんですか?

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「へえ。流石だな」  先生が、私を流石だと言った。  たった3文字で、こんなに浮き足立つなんて、恥ずかしくて悔しい。それなのに、顔がにやけそうになる。  抑えようとすればするほど、頬がむずむずして仕方がない。 「池脇さん?」 「あ、すみません」  いけない。  ちゃんとしなくちゃ。  私は、呼吸を整えてから何事もなかったかのように振る舞った。  うまくできてしまったのは、家での苦痛な日々で培った経験の賜物なのだろう。 「六条御息所って……生き霊になって人殺しちゃうじゃないですか」 「そうだな」 「となると、簡単に言っちゃえば人殺しの悪女ってことですよね」 「そう考えることもできるな」 「でも……何だか憎めない人ですよね」  六条御息所とは、源氏物語の主役、光源氏の恋人の1人。  美しく気品があるだけでなく、知性もある……ミスコンの優勝者っぽいキャラクター。  この世界に生まれていたら、間違いなく勝ち組のカテゴリーに振り分けられていたことだろう。  でも、勝ち組だからこその苦悩があることを、ほとんどの人はきっと目をつぶる。  彼女は16歳で東宮と結婚させられただけでなく、20歳で夫に死なれてしまう。  天皇の妻になるべき立場だった人だった。  だからこそ完璧をきっと求められたのだろう。  完璧な人だから、血がつながらない甥でもある光源氏に目をつけられ、あっという間に恋人にされた。  そして完璧な人だから、恋人を精一杯愛した。  その結果、自分からアプローチしたはずの愛した人にそっぽむかれてしまう。  でもその時にはもう遅い……。  完璧な淑女は、愛ゆえに嫉妬に狂い、自分のライバルを殺してしまう。  なんて怖くて悲しい人。  そして……私は他人とはどうしても思えなかった。
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