第1章 仕組まれた再会

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 夫の第一印象は「ごく普通に真面目そう」だった。言葉を悪く言えば、従順そう。  ただしそれは、特定の人間にだけなのだが。 「流花。この人が、お前の夫になる人だ」    高級レストランの1番いい席に無理やり座らされて早々、すでにそこにいた見知らぬ男性を父は紹介した。  その男性……武彦はさも驚きもせずぺこりと、慣れない笑みを浮かべながらお辞儀をするだけ。  私だけ、この話を何も知らされていない、除け者だったことがすぐに分かった。  好きでもない色の、ただ不快なだけの振袖を我慢しながら、私はただひたすら、父親の話に耳を傾けるフリをするので精一杯。  唯一この席で覚えているのは、武彦が本当に上手に父の機嫌を取っていたこと。  私と母が分からない話を、父が調子に乗って次から次へとしだしてからも、彼だけが繰り返し 「そうですよね、わかります」 「おっしゃる通りだと思います!」  などと、うまく相槌を打ち、父もそんな武彦の言葉に気を良くしたのか 「どんどん飲め!今日は祝いの場だからな!」  と、次から次へと1本5000円以上はする日本酒やらワインやらを後先考えずに注文し、挙げ句の果てに泥酔した。  結局、誰のための会だったのか。  そんなのは決まっている。  父のために開かれた場であり、父が生きるために必要な人間を池脇家という地獄に引き入れるためだ。  この日、ほとんど話をしなかった私と武彦の結婚は、この日を境にさも当然のように準備が進められていく。  私は、決して頷いてはいないが否定することも許されない。  池脇悟の娘に生まれると言うのは、そういうことなのは、もう10年以上前から諦めている。
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