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「次元ネットワークに接続できましたので、次は迷宮管理システムを起動しましょう」
「迷宮管理システム??」
「ダンジョンの管理をするシステムです。ポイントを使用してダンジョンの設備やアイテム、モンスターを購入したり配置したり……」
設備やアイテム? それに。
「モンスター??」
「あっ」
レーナは少し困った顔をした。
「モンスターってあのモンスター?」
おれには記憶はないが言葉の意味くらいはある程度知っている。モンスターという言葉が人に害をなす異形の生き物を指すことくらいは。
「はい。あのモンスターです」
「あの人を襲うやつ?」
「はい。あの人を襲うやつです」
「それは、何のために?」
「……決まっているじゃないですか」
レーナは微笑を浮かべた。背筋が凍りそうな冷たい表情だ。
「……ダンジョンを。マスターを守るためです」
レーナが両手がおれの手を包んだ。レーナの息づかいが感じられるくらい顔が近い。美しい青い瞳の真剣なまなざしがまぶしい。ドキドキする。
「ダンジョンマスターについて、わたしの説明が十分ではありませんでしたね。これから説明させていただいてもよろしいですか……長く重い話になりますが」
レーナはかなり気が重そうだ。
言われてみればおれはダンジョンが何かも知らない。ましてそれを管理するダンジョンマスターとは何かなんて知るわけもない。何も知らないまま手続きを進めていた。
「ダンジョンは別の世界とこの世界の中継地点です」
レーナが説明をはじめた。
「次元ネットワークで別の世界と繋がってるもんね」
「はい。ダンジョンは別の世界とこの世界を繋げます。別の世界との繋がりは基本的にこの世界に恩恵をもたらします」
「そうなの?」
「はい。異世界のアイテムやモンスターはこの世界にとって珍しいモノです。通貨や市場などの発展度にもよりますがダンジョンで手に入るモノは高い価値を持ちます」
「それはそうだろうね。だって別の世界のモノはこの世界にはないモノだから」
モノの価値は希少性と需要で決まると聞いたことがある。需要はともかく別の世界のモノの希少性は間違いなく高いだろう。
「はい。別の世界のモノは貴重なので、何かモノを持ち帰るために多くの者たちがダンジョンを訪れるでしょう」
「そうかもしれないね」
レーナは深く息をすった。
「……その者たちを殺すこと。それがマスターの仕事なのです」
「はい?」
「もちろん節度は守る必要があります。皆殺しにしてはいけません。適度に殺すことが大切です」
「ちょっと何を言っているのかわからない」
レーナは少し考え込み、
「例えばダンジョン運営とは巨大な人食い花を育てるようなものとお考えください。別世界の資源という蜜で世界の知的生命体を呼び寄せ、命を吸って育つ花」
そういうとレーナはおれの肩を抱き寄せた。レーナの大きな胸の柔らかな感触が服ごしに伝わってきてドキドキする。
「ダンジョンとはこの世界から命を搾取するシステムです。それと同時にこの世界に恩恵を与える存在でもあるのです」
耳元でささやくように言うからなんかゾクゾクする。ひょっとしてレーナ、少しエッチな雰囲気で重い話を和まそうとしてるのかもしれない。
「この世界に恩恵を与えつつ、この世界の命を奪う……」
「ダンジョンが与える異世界の物資の恩恵でこの世界は豊かになります。世界が豊かになれば人口が増え、ダンジョンに訪れる人の数も増えていきます」
「おれたちはそれを殺すのか」
「はい。ダンジョンで死んだ者の命はダンジョンポイントという通貨に換算されます。このダンジョンポイントを獲得することがダンジョンの存在理由なのです。ポイントを獲得すればするほどダンジョンは成長していきます」
「つまり殺せば殺すほどダンジョンは豊かになる」
「短期的には。しかし皆殺しにしてしまえばダンジョンに訪れる人がいなくなってしまいます。長期的に見れば得策ではありません」
「ほどほどに殺さないといけないんだ」
「そうです。むしろ最初はリターンを多く与えて、この世界を豊かにすることに力を割くべきかもしれません」
「世界が豊かになればなるほど人が増える。ダンジョンを訪れる人が増えればダンジョンも豊かになるから」
奪うだけでなく与えなければならない。殺すだけでなく活かさなければならない、ということか。
「そうです」
「モンスターはこの世界の人を殺すために必要ってこと?」
「そのとおりです。ただモンスターの役割はそれだけではありません。モンスターはこの世界にとって脅威であると同時に恩恵でもあるからです。異世界の生物から獲れる素材はこの世界にとって価値のあるものですから」
なるほど。モンスターの肉や内臓は食べられるかもしれないし、骨や皮はクラフト素材として使えるかもしれない。って、あれ?
「つまりおれはこの世界の人を殺すだけじゃなくて、自分のモンスターも死なせないといけないってこと?」
「そうなります」
レーナは悲しそうな顔をした。
「ダンジョンを運営するものは長期的な視点で物事を考える必要があります。またダンジョンの死生観というものも身につけなくてはいけません。ダンジョンにとって死は悪ではなく、恵みをもたらすものなのです」
「そうか……おれは敵にも味方にも価値のある死を与えないといけないんだ」
敵の死はダンジョンの恵みに。
味方の死は世界の恵みに。
死の恵みを循環させ、世界とダンジョン双方をともに成長させる。
ダンジョンマスターって思っていたより業の深い仕事だった。敵と味方の生と死のバランスをとりつつポイントを稼ぐ。ダンジョンに人を呼び続ける必要があるから時には味方のモンスターを敵に倒させる必要もある。
「ダンジョンマスターって思ってたより難しい仕事なの?」
「はい……そうですね。成し遂げるには常識を超越した感覚が必要です。怖いですか?」
「怖くないと言ったら嘘になる……けどそれがおれの仕事なら、できることを一生懸命やるよ」
ダンジョンマスターの権能を使えるのは、おれだけなのだから。レーナが「さすがわたしのマスターです!」と強く抱きついてくる。感動したらしい。
「さあレーナ、ダンジョン管理システムを起動しよう。どんなダンジョンにしようか。一緒に考えてくれないか」
「はい!」
*
ダンジョン管理システムは、ダンジョン運営の基幹システムだ。
ダンジョンの設備、アイテム、モンスターなどの購入。それらの配置・分配。購入したモノの管理など、ダンジョン運営にまつわるほとんどをこのシステムが担っている。やれることが多いのはいいが、それ故に迷う。とはいえ今のおれはひとりじゃない。迷ったらレーナに聞けばいいのだ。
「で、何をすればいいかな?」
「そうですね、まずは『次元ブラウザ』を起動してはどうでしょうか」
「次元ブラウザ?」
「次元ネットワーク上にアップロードされた情報にアクセスするツールです。検索サービスを利用すれば調べものができますし、他の世界のダンジョンのニュースも見ることができます。ショッピングサービスDANAXONや苦獄にアクセスすれば買い物もできますよ」
「へえ~面白そう。買い物もできるんだね」
「あ、そうだ!」
レーナが何か思いついたようだ。
「マスタァ~ンわたしぃ欲しいものがあってぇ」
レーナが腰をくねくねしながらくっついてくる。おねだり娘モードのレーナに、おれは金持ちのパパモードで対応する。
「なにが欲しいんだい? 何でも買ってあげるよ」
「チュッチュッ、マスターだあ~い好き!」
レーナがおれの頬にキスの雨を降らせる。
「コラコラ、レーナ。これじゃ何が欲しいのかわからないじゃないか。ほら何が欲しいか言ってごらん」
「ダンジョン管理システムの共有ディスプレイ買ってぇ~」
難しい横文字がおれを急に現実に引き戻す。パパ活は終わったのだ……。
「お、おお……わかった。それじゃそれの買い方を教えてよ」
「……はい」
レーナに操作を教えてもらいながら、次元ブラウザを起動する。ブラウザのホーム画面にはさまざまな情報が飛び交っている。
「次元ブラウザのホーム画面には別の世界のニュースが表示されます。何か面白いニュースはありませんか?」
別の世界のニュースか。買い物の前にちょっとみてみようかな。なになに……
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「・↑←↓新魔王誕生から2年 最年少魔王バアル氏(4567歳)の偉業を振り返る→↑
・↓→魔界ナブリス崩壊 勇者アルジェに魔王敗れる←↑
・↑←↓始まりの魔王ハーゴン氏 ナブリスへの参入意欲を語る↓→↑
・↑←幻のモンスターパルチュララ創世龍 驚きの生態←↓→
・↓→↑神話級装備と言えばコレ! デュランダルの威力とは!?→↑←
・↑←↓ナブリス崩壊で大量のモンスター難民発生 難民たちの行く末は←↓」
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ほええ。なんか知らない世界のニュースって面白いな。ところで魔王とか魔界ってなんなんだろう?
レーナに聞いたところ、魔王とはとにかくすごいダンジョンマスターのことらしい。その世界すべてを支配下においたダンジョンマスターは魔王と呼ばれ、魔王の支配下におかれた世界のことを魔界と呼ぶそうだ。
「じゃあおれも魔王を目指すことになるのかな」
「うーん。魔王になるのってすごくレベルの高い話でわたしにはなんとも言えません。全世界を支配下におくってことは敵対勢力がなくなるってことで、ダンジョン運営のセオリーから外れすぎてるんですよね。敵がいないから安全ですが今後ポイントを得ることは難しくなります。そこをどうクリアするのか……」
「なるほど」
つまり魔王になったらやることがなくなるのか。
「あとさ、ナブリスってとこで魔王が負けてるんだけど勇者ってなに?」
「ああ~、それもレベルの高い話で詳しく知らないんですが、魔王が誕生すると出てくるらしいですよ勇者。とにかく超強いとか」
「超すごい魔王に勝つとか勇者凄すぎよね」
「そうですね。魔王になると勇者に倒されるリスクが出てくるのも考えものですね」
勇者はゲームでいえばクリア後のやりこみ要素って感じか。
なるほど勉強になるなあ。ニュースはマメにチェックしよう。まあニュースはここまでにして、そろそろ共有ディスプレイを買うか。
「えーと」
とりあえずショッピングサービスDANAXONにアクセスする。DANAZONのトップページには生け捕り用のトリモチトラップや、まがまがしい装飾が施された槍など、オススメの商品がずらりと並んでいる。そこでふと思い至る。
「そうか。共有ディスプレイがあれば、この画面、レーナにも視られるようになるんだね」
おれに視えてるDANAZONの画面はレーナには視えていない。話を合わせてくれているが、レーナからすればおれはさっきからひとりでしゃべってるのと変わらないはずだ。
「わたしのわがままで申し訳ないのですが、マスターのお役にたつためにどうしても共有ディスプレイが欲しいのです」
「わがままなんてとんでもない。レーナがいなかったらおれには何にもできないよ」
「ありがとうございます! でもマスター、何にもできないなんて言わないでください。わたしをここに喚んだのはマスター自身の力なのですから」
「そうかな?」
おれの力と言われてもピンと来ないな。レーナを喚びだせたのはラッキーだったけど、自分で自分が何したのかもよくわかってないからね。
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