14.本当のことを教える?

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14.本当のことを教える?

『平家物語』の一節を暗唱していたら、ユーリ皇子殿下の呪いが解けた。 彼は私のような人間を執拗に魅力があると言ってくるところも侑李先輩そっくりだ。 高校生の頃の眩しい青春の日々を、今追い詰められて夢見ている自分が情けなくなってくる。 早くこの夢が覚めて、薬指も失い、職場で疎ましがられ、婚約者を奪われ、親から蔑まれながら奴隷生活を送っていた日常に戻ると良い。 私は逃げきれぬ現実から、逃げるように都合の良い夢を見て都合の良い展開を迎えているのが痛々しくなってきた。 「ユーリ皇子殿下、呪いが解けて良かったですね。明日からは何の憂いもなく、帝国へ帰還できます。私は他の騎士たちの様子を見て参ります」 呪いが解けたのであれば、ユーリ皇子殿下の戦闘能力は高い。 私のような出来損ないが必死に守る必要もないだろう。 それよりも、5日に及ぶ野宿生活をしている他の騎士たちの体調が心配だ。 そう思ってテントを出ようとした瞬間、意識がとんだ。 ♢♢♢ 見慣れぬ天井に、思わず慌てて起きる。 ここは元の世界でもなければ、野営していたテントでもない。 「ここは、どこ? 」 慌てて、体を起こすとユーリ皇子殿下が近づいてきて私の体を支えた。 私は天蓋つきの豪華なベッドの上に寝ていたようだ。 「皇宮に着いた。2日も眠っていたぞ、やはりかなり疲れが溜まっていたみたいだ」 愛おしそうに私を見つめるユーリ皇子から、思わず目を逸らしてしまった。 奴隷のような生活をしていた元の世界に戻るわけでもなく、目が覚めたら豪華なベッドの上にいるだなんて都合の良い夢だ。 「2日間も何の仕事もせず、申し訳ございませんでした」 私はベッドから降り、床に正座をし頭をつけて詫びた。 「マリーナ、君は5日間寝ずに働いていたんだ。2日間寝たところで何だと言うんだ。それに、俺の呪いを解いてくれた。ほら、男前なユーリ・ハゼが戻ってきたぞ」 私の両手を自分の頬に当てながら微笑んでくる殿下は、1週間前に私を殺そうとした人だ。 しかし、この揶揄い方は私だけが知っている侑李先輩のやり方に似ている。 私が自分にときめいているのがわかっているかのように、先輩もスキンシップをたくさんしてきた。 (でも、こういったノリノリのスキンシップに応え方が分からないのが私⋯⋯) 「ユーリ皇子殿下、早速、刺客の件を調査しましょう。それから、皇宮では私は何をすれば良いですか?仕事をお与えください」 「刺客の件に関しては、まあ、今は調査中と言ったところだ。母上の死に関してだが、当時の主治医に聞き取りしたところ産後から高熱が続いていたらしい。俺は不審死だと聞いていたが、もしかしたら俺を産んだことが原因で死んだのかもしれないな」 ユーリ皇子殿下が苦しそうに応える。 刺客の調査に関しての回答の歯切れが悪いことが少し気になるが、母親の死を自分のせいだと考えだしているのが気になった。 殿下がご自分の母親の死の原因を追って調べるとは思っていなかった。 彼が誰も恨まないように「きっと母親はどこかで生きている」と考えれば楽だと私は伝えたつもりだった。 「殿下、産後の高熱は出産時の細菌感染が主な原因です。この時代ではよくあることで、誰も責められるべきではありません。殿下自身もご自分を責めるのは無意味です。殿下は健康に生まれただけで、満点の働きをした赤子です」 私の言葉にユーリ皇子が目を丸くする。 私は当たり前のことを言ったつもりだった。 中世西洋をモデルにしたこの世界では、お産による死は珍しいことではない。 幼い殿下に母親は「不審死」を遂げたと伝えたのは、優しい嘘の可能性がある。 母親の死の原因が自分を出産したことが原因などと伝えたら、幼い子にはショックが大きい。 死の原因を曖昧に誤魔化した「不審死」という言葉が一人歩きして、ユーリ皇子殿下に疑惑を生み出してしまった。 私は彼に母親の死に対する疑惑を持たせることで、彼に架空の容疑者を恨ませることが目的だと思っていた。 しかし、一度自分の中で悪役設定した皇后サイドの人間をまっさらな気持ちで見た方が良さそうだ。 私の書いた小説では、ユーリ皇子殿下と皇后は完全に敵対関係だった。 そして、その敵対関係を煽っているのが皇后の実家であるキチヌ公爵だ。 その思い込みは一度捨てた方が良いだろう、最初から疑惑の目を向けて敵対してしまえば相手も敵視してくる。 岩田まりなは恵麻を「赤ちゃんの時からの一番の親友で味方」との初期設定を何があっても変えなかった。 人に対して最初から決めつけず、相手の本質を見極めていかないと失敗するのは40年生きてやっと学べたことだ。 「マリーナ、俺だけに教えてくれ。お前は13歳のマリーナ・リラではないな? 未来から来たのか? この時代とは何のことだ? 」
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