22.まずは信じること。

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22.まずは信じること。

「兄上、マリーナ様、そのような顔をしないでください。もう、9年も前のことです」 ルーク皇子殿下が無理に微笑もうとしているのが痛々しい。 9年も前のことと言いながらも、彼がそのことでずっと傷ついているのは明白だ。 「俺が命を狙っているとお前は疑ったのではないか? 暗殺者の正体は明らかになってないのだろう!お前がそのような目にあったことがあるなど初めて聞いた! 」 ユーリ皇子殿下が怒りを抑えながら声を絞り出している。 「兄上、僕は兄上が僕を殺そうとしたなどと疑ってなどおりません。ただ、皆がゆっくり眠れるような日々がくればと思っています。僕を殺すことで得をする人がいます。そのような立場が存在することが憎いです。兄上、今日初めて僕の顔を見てくれましたね。僕はずっと兄上と話をしたいと思っておりました」 ユーリ皇子は今までルーク皇子に対して目も合わせないほど敵対心を持っていたようだ。 でも、弟のルーク皇子は明らかに兄との対話を求めている。 ユーリ皇子はずっと敵対心を持ち、ルーク皇子の苦しみに気がつかなったことに気不味さを感じている。 私は、そっとユーリ皇子殿下の服の裾を握り彼を私の方に振り向かせた。 「ルーク皇子殿下に今までの振る舞いを謝ってください」 言葉には出さず彼を見つめアイコンタクトでメッセージを送る。 私に言われたから自分の振る舞いの間違いに気がつくのではダメだ。 ユーリ皇子は自ら理不尽な怒りを弟にぶつけていたことに気がついて欲しい。 14歳のルーク皇子殿下は、戦場で戦う騎士達とは程遠い弱々しい体付きをした子だった。 このような人気のない図書館で隠れるように帝国の皇子である彼が本を読んでいた。 彼は自分を狙った暗殺者を仕向けた可能性のある兄さえも信じようとする純粋な子だ。 ユーリ皇子は彼をどうするつもりなのだろう。 「ルーク、すまなかった。俺はお前の境遇を羨むばかりだった。俺も争いのない世を目指している。そして、そのような世を創るのは俺一人では到底無理だ。ルーク、お前はとても優秀らしいな。俺はお前にこの帝国をより良いものにするために、力を貸して欲しい」 ユーリ皇子殿下がひざまづきルーク皇子に目線を合わせる。 17歳で大人に近いユーリ皇子が、まだ幼さの残るルーク皇子に謝るのは難しい。 それでもユーリ皇子は自分の非を認めて謝った。 この2人の皇子の関係はこれから良くなっていくだろう。 「もちろんです。兄上の手助けをして帝国をより良いものにしていくことこそ僕の願いです。僕のことを信じて頂けますか? 」 ルーク皇子殿下はユーリ皇子の手を嬉しそうに握りしめた。 彼は本当は兄弟で手を取り合いたかったのだろう。 しかし、母親の期待や周りがそれを許さなかった。 「マリーナに出会う前ならお前の言葉の裏を考えていた。でも、今の俺はまずお前を信じてみようと思う」 ユーリ皇子殿下がルーク皇子の手を握りながらも、私のことを愛おしそうに見つめてくる。 「まずは信じる。疑うのは最終手段ですよね」 私は自分で言いながら、昔の古傷に苦しめられていた。
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