27.高嶺の花だった彼。

1/1
前へ
/51ページ
次へ

27.高嶺の花だった彼。

恐らく私と彼は障害と言うまで対人が弱い訳ではない、グレーゾーンの人間だった。 侑李先輩は記憶力に加え、とてつもない空間把握能力と理数系の脳を持っていた。 海外ではギフテッドと呼ばれるかもしれないが、日本では「はみ出しもの」扱いだ。 しかし、彼は芸能人もびっくりのルックスで人気者だった。 無口でクールと言われチヤホヤされていたが、私の前では口を開けばマシンガンのオタクトークが飛び出した。 そして、そのような彼が私を口説くのに頑張ってくれていたのに、私は彼を受け入れなかった。 「私は何の取り柄もない人間です。ただ、イサキのように対人関係が苦手な者の気持ちは理解できます。私も彼と同じなので」 「マリーナ姉様が対人関係が苦手だとは思いませんでした。僕や兄上だけでなく、あっという間に生徒達とも打ち解けたではありませんか」 「それは、全て自分の失敗から対策を考え、数多のフローチャートを脳内に作成済みだからです。私ほどの欠陥人間はいませんよ」 「マリーナ姉様、これだけは言わせてください。兄上はあなたを心から愛しています。あなたが自分を卑下する度に兄上も傷ついていることを忘れないでください」 ルーク皇子の言うことは正しい。 私は自分など、そもそもダメな人間だと言うと気が楽になる。 自分の気が楽になることで、愛する人を苦しめていることにも気がついている。 「ルーク皇子殿下、もうすぐユーリ皇子の婚約者指名です。そこにはユーリ皇子殿下の運命の相手であるエマ・ピラルクも来ます」 この1年間、ユーリ皇子殿下は大怪我をする訳でも毒に侵される訳でもなかった。 だから聖女の力を持つエマ・ピラルクの存在は必要なかった。 でも、これからの未来については分からない。 「ティクス王国の男爵令嬢ですね。聖女の力を持っていると聞きますが、その力を理由にマリーナ姉様は兄上の運命の相手が彼女だと言っているのですか?聖女の力は毒を消したり、大怪我を治したりできるそうですね。でも、同等のことが僕はマリーナ姉様にもできると思ってます」 毒に詳しくなり、医療の知識を極めれば、ある程度は聖女の力に匹敵する対応ができるだろう。 しかし、私の対応が間違えば命をおとすが、聖女の力は確実に万能だ。 「買い被りです。ルーク皇子殿下。私は何の取り柄もない女です」 「今度、自分を卑下するようなことがあったら、それはあなたを愛する兄上への侮辱とみなします。帝国では皇族侮辱罪は厳罰に処されますよ。注意してください」 ルーク皇子は「人に教える」と言うことで自信を取り戻したのだろうか。 彼から出会った時のような弱々しさを感じなくなった。 「ルーク皇子殿下の忠告を心に留めて注意致します。それにしても、皇后陛下は慈善事業とはいえ、よく殿下が平民街で教鞭を執ることをお許しになりましたね」 皇后陛下をお見かけした時は、息子のルーク皇子の柔らかな雰囲気からは想像できない気位の高そうな方に見えた。 人は見た目からは判断できないから、皇后陛下の本質は息子の希望を叶えたい「良いお母さん」だったのかもしれない。 「正直に気持ちを話したんです。僕が皇帝になる気が全くないことを打ち明けました。兄上を支えながら、平民を含めた全ての帝国民のことを良く知り守りたいと伝えました」 「勇気を出したのですね。皇后陛下に叱られませんでしたか?」 「いいえ、僕が戸惑っていることを知りながら替え玉を立ててまで武勲を上げさせようとしたことを謝罪されました。兄上が子を想わぬ母親などいないのだから、本心を伝えてみろと言ってくれたのです。勇気を出して母上に本心を伝えてよかったです。」 記憶にも残らない赤子だった時に、母を失ったユーリ皇子は本当に母性に夢を見ている。 「子を想わぬ母親などいない」といった幻想を信じられ続けている彼を羨ましく思った。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

76人が本棚に入れています
本棚に追加